category: 日記
DATE : 2007/11/13 (Tue)
DATE : 2007/11/13 (Tue)
何と言うんでしょうか、そろそろアレやコレの原稿を進めねばならんような気もしなくもなく、となれば地味に忙しくなっちゃったりしちゃったりわけで、ハッキリ言えば言い訳というものに聞こえなくもないのですが、ともかくしばしSSの更新が不定期になるやもしれず。
ああん。
というわけで、ひとまず今日は長篇の続きをUPしときます。四章になります。
ではまた!
ああん。
というわけで、ひとまず今日は長篇の続きをUPしときます。四章になります。
ではまた!
前回はこちら
涼宮ハルヒの信愛:四章-a
その日の朝は、俺にしては珍しく比較的早くに目が覚めたように思う。別に昨晩は早く寝たとか、暑苦しくて眠りが浅かったというわけでもなく、気分的には「よく寝たな」と思えるほどに熟睡していたと思うのだが、時計を見れば予定起床時間よりも早かったことだけは間違いない。
起きるのに早い時間と言っても、再び寝に着くほど眠気が溜まってるわけでもなく、そのまま起きて顔を洗い、午後からの海水浴で使う水着やら何やらをカバンに詰め込んで、少し早いが家を出る。玄関先で空を見上げれば、雲一つない青空が広がり、今日も暑くなる予感を感じさせた。
そう。そのときに感じた予感なんて、当たってもはずれても関係がない、どうでもいい天気の予感だけだった。それ以外の虫の知らせなんて何もなく、呑気に欠伸をかみ殺して自転車のペダルを踏み、駅前の公園へのんびり向かった。
以前に路駐していたら撤去された忌まわしい記憶があるので、駐輪場にしっかり預けてから公園へ徒歩で向かう。約束の時間まで一〇分くらいの余裕があった。にもかかわらず、佐々木は公園のモニュメントか何か知らんが、柱に寄りかかって文庫本らしきものを読んで待っていた。つまり一〇分早くやってきた俺よりも前に佐々木は来ていたということで、いくらなんでも早すぎだろう。
「いつもより眠りが浅くてね。妙な時間に起きてしまったんだ。家にいても仕方がないので、それならばと早めに来ただけだよ。遅れるよりはマシだろう?」
「まさか不眠症とか言い出さないだろうな?」
「なんだい、それは」
なんともなしに閉鎖空間の黒い塊のことが気になってそう言えば、佐々木には一笑に付された。
「ただ単に早く目覚めただけさ。ただ単に昨日に浴びた光量が足りずにメラトニンがうまく分泌されなかったのか、あるいは遠足前の子供のように、キミとのお出かけに興奮していたのかもしれないね」
たかが見舞いに行くだけじゃないか。そんなので眠れないほどワクワクするもんでもあるまい。
「おまえがそこまで俺とのお出かけを切望していたとは知らなかったよ」
「嬉しいだろう?」
「逆に何か無茶を言われるんじゃないかと、怖くなるな」
「くっくっ……まぁ、そう思うのが妥当だね」
俺の軽口に、佐々木も解っているのか喉の奥を鳴らして笑い声を転がしている。
「ではキョン、ここでいつまでも話していられるほど暇ではないんだろう? 早く行こう」
「どこの病院なんだ?」
「私立の総合病院だよ。バスを乗り継がなければならない面倒なところだがね、世間の評判はそんなに悪いところではない。入院も必要な病気となれば、あそこをチョイスするのは妥当なところだろう」
「ああ……あそこか」
古泉の叔父の知り合いが理事をやっている……ってことになってるが、その実、裏には『機関』の息が掛かっているという、少なくとも内情を知っていれば自身も身内も預けたくなくなるような、いわく付きのあの病院か。よくよくあそことは縁があるようだが、評判がいいとはね。それまた初耳だ。佐々木の言う世間というのが、いったいどこの「世間」を指しているのかにもよるけどな。
ただ、そういうことなら道順を聞くまでもない。タクシーで向かってもいいのだが、二人でワリカンにするにも、たかだか須藤のお見舞いくらいで捻出するには躊躇いが生じる金額になりそうだ。手頃な値段で済ませられるバスを利用することにした。
そのバスでの移動は、至極退屈なものだった。隣に座ってるのが何しろ佐々木なものだから、公共の場で大声で話をするでもなく、俺は静かに座って窓の外の流れる景色を見ているだけで、佐々木も本を読むのかと思えばそうではなく、寝ているわけではないだろうけども目を瞑って静かにしている。何でも、乗り物酔いするらしいからバスに限らず車の中では本を読まないらしい。そんな一面があったとは驚きだ。
「ん」
窓辺に肘を突いてぼんやり外を眺めていると、懐にしまっておいた携帯が羽虫の羽音のような鈍い音を響かせていることに気付いた。場所がバスの中ということもあってしばらく放っておいたのだが、これまたしつこく震えている。無視し続けるにも限度を超えた呼び出しに取り出してみれば、発信者の名前は古泉となっていた。
「もしもし」
仕方なく電話に出てみれば、傍らで目を瞑っていた佐々木が、若干咎めるように薄目を開けて睨んでくる。言いたいことは解るが、仕方ないじゃないか。
「今、バスの中にいるんだが……え? 何だと、もう一回言ってみろ。ハルヒが!? ちょっと待て、それはどういう……ああ、解ってる。落ち着いてるから、とにかく早く話せ。ああ……ああ。そうか、それで? わかった、すぐ向かう」
俺が声に出していた言葉数は少ないが、通話を終えて漏れたのは溜息だった。肺の中の空気をすべて絞り出すような吐息は、疲れ半分、目眩半分の、合わせれば満身創痍と称してよさそうな感情しか含まれていない。
「どうしたんだ、キョン。涼宮さんの名前が出ていたようだが、何かあったのか? 顔色もよくないみたいだが」
どうやら顔色にもダメージが出ているようだ。隣の佐々木が、俺の表情を見てそんなことを真面目な声音で言ってくる。
「何があったのかは、今の電話じゃよく解らなかった。ただ、古泉が言うには……ハルヒが……どうやら、その……倒れた、らしい」
「……え?」
佐々木が隠そうともせずに驚きの表情を見せる。言った俺でさえにわかには信じられないのだから、無理はない。
「それほど心配することじゃない、とも言っていたが……俺にも連絡しておいた方がいいだろうってことで、電話してきたみたいだ。ひとまず病院に運んだと言ってたが」
「病院ってどこの? そもそも倒れたって、いったいどうして? そんな倒れるような前兆があったのか?」
「だから、俺にも解らないって言ってるだろ」
矢継ぎ早に聞いてくる佐々木に、俺もつい語尾を荒げて言い返してしまう。これじゃまるで八つ当たりだ。
「あ……すまない」
「いや……。ともかく、ハルヒが担ぎ込まれた病院は、幸か不幸か、俺たちが向かってる病院みたいだ。古泉も心配ないと言ってたからな、慌てても仕方がない」
そう、ハルヒが倒れたって話には驚いたが、それほど心配することでもないと言ってたし、側には古泉がいる。長門も朝比奈さんもいるに違いない。そもそもあいつが倒れるなんて、そんな病弱なワケがない。倒れたって話がそもそもの間違いかもしれないし、仮に本当に倒れていたとしても、どうせ何かに足を引っかけて転んだってのが関の山だ。
そうに決まっている。
どういうわけか、こういう時に限って時間の流れってのは長く感じるものだ。時計の針が進むスピードに変化はないのだろうが、それでもバスが信号に引っかかり、停留所で止まる度にイライラするのは何故だろうな。
それでも定刻通りに総合病院近所のバス停に到着した俺たちは、その足で急いで病院の正面玄関をくぐった。
「きょっ、キョンくーんっ!」
その途端、俺のふざけたあだ名を口にして、体全身で体当たりしてくる影がひとつ。誰であろうそれは朝比奈さんだったわけだが、涙で顔をくしゃくしゃにした挙げ句に俺の胸に顔をうずめて来た。
「すっ、涼宮さんが……涼宮さんが、海に行く電車の中で……ううっ……あ、あたしが気付けば……そ、それで今、病室で……」
朝比奈さんも朝比奈さんで、少しパニクってるのかもしれん。どうも話の要領を得ない。断片的に聞き取れた話はすでに古泉からの連絡で知っている。ともかくハルヒはどこの病室にいるのか教えてもらいたいんだが。
「ああ、ずいぶんと早かったですね」
こんな状態の朝比奈さんが一人でいるはずもなく、いつもと変わらない態度のまま、古泉もそこにいた。少なくとも、今の朝比奈さんよりは話が通じそうだ。
「俺もこの病院に用があったんだ。それでハルヒはどこだ? いったい何があった」
「涼宮さんの状態を言えば、今はまだそれほど心配するものでもありません。医師の見立てでは、疲れが溜まっていたのだろうということですが……」
ハルヒの状態を説明しながら、ふと古泉が佐々木に目を向けた。そのアイコンタクトが何を意味しているのか俺には解らんが、佐々木は自分に話を聞かせたくない素振りだと受け取ったのだろう。
「キョン、とりあえず病室に行った方がいい。彼女は僕が預かるよ」
そう言って、総合受付前の待合室へ朝比奈さんに連れ添って俺と古泉から離れて行った。
「では、こちらへ」
佐々木が朝比奈さんと離れたのを見計らうように、古泉は俺を誘って歩き出した。今すぐこの場で話せと言いたいところだが、場所が病院だけに大声で怒鳴りつけるわけにもいかない。進む古泉の後に続いて歩くしかない。
「佐々木がいると、何か困ることでもあるのか?」
「ああ、いえ。部外者……と言えば言葉は悪いですが、涼宮さんと深い友好を育んでいない佐々木さんにまで、いらぬ心配をかけさせるのが忍びなかっただけです」
「すでに心配してると思うぞ、あれは」
「ですね。ともかく、電話でも軽く説明しましたが、涼宮さんが倒れたのは海へ向かう電車の中でのことです。倒れた……と言うと、立っているときにバッタリ倒れたように聞こえますが、そうではありません。座っているときに、眠るように朝比奈さんに寄りかかったんですよ。その姿を見れば、うたた寝をしているんじゃないかと思えたのですが……目的の駅についても目を覚まさない。体を揺すっても目を覚まさず、長門さんの進言で病院へ連れてきたというわけです」
「長門が?」
「はい。異変に真っ先に気付いたのは、長門さんのようです」
長門なら確かにおかしなことになれば真っ先に気付くだろう。ただ、それでも病院へ連れて行くように言うのは……。
「ええ。長門さんなら、病院へ連れてくるまでもなく治してしまえそうですが、そうではなかった。ああ、こちらです」
古泉に連れられてやってきたのは、かつて俺が入院していた病室だった。もしかすると別の部屋かもしれないが、個室で作りが一緒だから違いがわからん。
その病室では、ベッドの傍らに長門が座ってハルヒを見ていた。そのハルヒは、パッと見ただけでは単に眠っているようにしか見えない。本当に寝てるだけじゃないだろうな?
「ええ、寝ています」
「寝てる……っておい。倒れたんじゃないのか?」
「検査の結果では、心拍数や脳波、呼吸に異常は見受けられません。本当にただ、眠っているだけです。にも関わらず、涼宮さんは目を覚まさないんですよ」
「どういうことだ」
「わからない」
俺の問いかけに答えたのは、古泉ではなくハルヒの寝顔に視線を固定している長門だった。
「涼宮ハルヒの身体的状態は安定している。通常の睡眠状態との差異は見受けられず、眠り続けている原因を正確に把握するためには、ノイズが多すぎる」
「ノイズ?」
俺の疑問に、けれど長門は答えない。聞けば答えてくれるのが長門だが、はっきりした曖昧な情報の伝達をしたくないのか、その眼差しはエックス線でも放射しているかのように、瞬きを忘れていそうなくらいにハルヒを凝視していた。
つまり、ハルヒの状態は、一見すれば眠ってるだけの状態であるにもかかわらず、その原因は長門を持ってしても不明という訳のわからないものだってことだ。起きている間は騒ぎを起こすが、眠っていても騒ぎを起こすのか、こいつは。
「問題は、この症状がいつまで続くか、ということです」
と、古泉はいつになく神妙な顔つきでそう言った。
「今はまだいい。症状は睡眠と変わらないのですからね。ただ、長引くようであれば、点滴で栄養を与えていても弱っていきます。何とかして目覚めて欲しいのですが、原因が解らないのでは手の施しようがない。長門さんでさえ原因不明とおっしゃるのですから、僕らでは解決のための手がかりすら掴めないでしょう」
「眠り病……みたいなもんか」
「認識としてはそれに近いものです。ただ、トリパノソーマ科の寄生虫に蝕まれているわけでもない。それどころか、外的な要因はなにもないのです。お手上げとしか言いようがありません」
「手の施しようがないって……だったらこのままにしておくつもりか」
「もちろん何もしないわけではありません。そんなことは言うまでもなく解っているでしょう?」
「……すまん」
ええい、何を慌ててるんだ俺は。ハルヒがあれこれ厄介事を巻き起こすのはいつものことじゃないか。今回はハルヒ自身がこんなになっちまってるが、妙なことになってるのには変わりない。
これまでだって何とかなったんだ。今回も何とかなるに決まってる。いや、何とかしなけりゃならないんだ。話を聞く限りでは、今日明日でハルヒがどうなるってわけでもないらしい。時間は有り余ってるわけじゃないが、足りないわけでもない。今はまだ何も解らないのなら、解るように考えればいいだけだ。
でも……それを、どうやって? 長門でも解らないことを、俺たちがどう考えればいいんだ? もしかすると、今まで何とかなってきた幸運もここで尽きてたりするんじゃないだろうな? 今まではどんな状況でも奇跡的になんとかなってきたが、その奇跡も底をついていたら……?
「キョン」
なかなか絶望的な気分に苛まされそうになってきたそのとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。病室のドアの前、朝比奈さんを伴って佐々木もやってきたようだ。
「どうなんだい? 涼宮さんの容体は」
「ああ……いや、ただ疲れて寝てるだけらしい。そんなに、」
ガタン、と俺の言葉を遮るような大きな音が響いた。まさかハルヒが起きたんじゃないかと淡い期待を寄せて振り返れば、けれど体を起こしていたのはハルヒではない。椅子に座っていた長門が椅子から立ち上がり、絶対零度のごとき冷ややかな眼差しをこちらに向けていた。
「……え?」
と、佐々木が身を引くのも解らなくはない。足音も立てずに近付いてきた長門は、前振りなしで佐々木の腕を掴むや否や、淡々と、何の抑揚もない声音で告げる。
「みつけた」
つづく
涼宮ハルヒの信愛:四章-a
その日の朝は、俺にしては珍しく比較的早くに目が覚めたように思う。別に昨晩は早く寝たとか、暑苦しくて眠りが浅かったというわけでもなく、気分的には「よく寝たな」と思えるほどに熟睡していたと思うのだが、時計を見れば予定起床時間よりも早かったことだけは間違いない。
起きるのに早い時間と言っても、再び寝に着くほど眠気が溜まってるわけでもなく、そのまま起きて顔を洗い、午後からの海水浴で使う水着やら何やらをカバンに詰め込んで、少し早いが家を出る。玄関先で空を見上げれば、雲一つない青空が広がり、今日も暑くなる予感を感じさせた。
そう。そのときに感じた予感なんて、当たってもはずれても関係がない、どうでもいい天気の予感だけだった。それ以外の虫の知らせなんて何もなく、呑気に欠伸をかみ殺して自転車のペダルを踏み、駅前の公園へのんびり向かった。
以前に路駐していたら撤去された忌まわしい記憶があるので、駐輪場にしっかり預けてから公園へ徒歩で向かう。約束の時間まで一〇分くらいの余裕があった。にもかかわらず、佐々木は公園のモニュメントか何か知らんが、柱に寄りかかって文庫本らしきものを読んで待っていた。つまり一〇分早くやってきた俺よりも前に佐々木は来ていたということで、いくらなんでも早すぎだろう。
「いつもより眠りが浅くてね。妙な時間に起きてしまったんだ。家にいても仕方がないので、それならばと早めに来ただけだよ。遅れるよりはマシだろう?」
「まさか不眠症とか言い出さないだろうな?」
「なんだい、それは」
なんともなしに閉鎖空間の黒い塊のことが気になってそう言えば、佐々木には一笑に付された。
「ただ単に早く目覚めただけさ。ただ単に昨日に浴びた光量が足りずにメラトニンがうまく分泌されなかったのか、あるいは遠足前の子供のように、キミとのお出かけに興奮していたのかもしれないね」
たかが見舞いに行くだけじゃないか。そんなので眠れないほどワクワクするもんでもあるまい。
「おまえがそこまで俺とのお出かけを切望していたとは知らなかったよ」
「嬉しいだろう?」
「逆に何か無茶を言われるんじゃないかと、怖くなるな」
「くっくっ……まぁ、そう思うのが妥当だね」
俺の軽口に、佐々木も解っているのか喉の奥を鳴らして笑い声を転がしている。
「ではキョン、ここでいつまでも話していられるほど暇ではないんだろう? 早く行こう」
「どこの病院なんだ?」
「私立の総合病院だよ。バスを乗り継がなければならない面倒なところだがね、世間の評判はそんなに悪いところではない。入院も必要な病気となれば、あそこをチョイスするのは妥当なところだろう」
「ああ……あそこか」
古泉の叔父の知り合いが理事をやっている……ってことになってるが、その実、裏には『機関』の息が掛かっているという、少なくとも内情を知っていれば自身も身内も預けたくなくなるような、いわく付きのあの病院か。よくよくあそことは縁があるようだが、評判がいいとはね。それまた初耳だ。佐々木の言う世間というのが、いったいどこの「世間」を指しているのかにもよるけどな。
ただ、そういうことなら道順を聞くまでもない。タクシーで向かってもいいのだが、二人でワリカンにするにも、たかだか須藤のお見舞いくらいで捻出するには躊躇いが生じる金額になりそうだ。手頃な値段で済ませられるバスを利用することにした。
そのバスでの移動は、至極退屈なものだった。隣に座ってるのが何しろ佐々木なものだから、公共の場で大声で話をするでもなく、俺は静かに座って窓の外の流れる景色を見ているだけで、佐々木も本を読むのかと思えばそうではなく、寝ているわけではないだろうけども目を瞑って静かにしている。何でも、乗り物酔いするらしいからバスに限らず車の中では本を読まないらしい。そんな一面があったとは驚きだ。
「ん」
窓辺に肘を突いてぼんやり外を眺めていると、懐にしまっておいた携帯が羽虫の羽音のような鈍い音を響かせていることに気付いた。場所がバスの中ということもあってしばらく放っておいたのだが、これまたしつこく震えている。無視し続けるにも限度を超えた呼び出しに取り出してみれば、発信者の名前は古泉となっていた。
「もしもし」
仕方なく電話に出てみれば、傍らで目を瞑っていた佐々木が、若干咎めるように薄目を開けて睨んでくる。言いたいことは解るが、仕方ないじゃないか。
「今、バスの中にいるんだが……え? 何だと、もう一回言ってみろ。ハルヒが!? ちょっと待て、それはどういう……ああ、解ってる。落ち着いてるから、とにかく早く話せ。ああ……ああ。そうか、それで? わかった、すぐ向かう」
俺が声に出していた言葉数は少ないが、通話を終えて漏れたのは溜息だった。肺の中の空気をすべて絞り出すような吐息は、疲れ半分、目眩半分の、合わせれば満身創痍と称してよさそうな感情しか含まれていない。
「どうしたんだ、キョン。涼宮さんの名前が出ていたようだが、何かあったのか? 顔色もよくないみたいだが」
どうやら顔色にもダメージが出ているようだ。隣の佐々木が、俺の表情を見てそんなことを真面目な声音で言ってくる。
「何があったのかは、今の電話じゃよく解らなかった。ただ、古泉が言うには……ハルヒが……どうやら、その……倒れた、らしい」
「……え?」
佐々木が隠そうともせずに驚きの表情を見せる。言った俺でさえにわかには信じられないのだから、無理はない。
「それほど心配することじゃない、とも言っていたが……俺にも連絡しておいた方がいいだろうってことで、電話してきたみたいだ。ひとまず病院に運んだと言ってたが」
「病院ってどこの? そもそも倒れたって、いったいどうして? そんな倒れるような前兆があったのか?」
「だから、俺にも解らないって言ってるだろ」
矢継ぎ早に聞いてくる佐々木に、俺もつい語尾を荒げて言い返してしまう。これじゃまるで八つ当たりだ。
「あ……すまない」
「いや……。ともかく、ハルヒが担ぎ込まれた病院は、幸か不幸か、俺たちが向かってる病院みたいだ。古泉も心配ないと言ってたからな、慌てても仕方がない」
そう、ハルヒが倒れたって話には驚いたが、それほど心配することでもないと言ってたし、側には古泉がいる。長門も朝比奈さんもいるに違いない。そもそもあいつが倒れるなんて、そんな病弱なワケがない。倒れたって話がそもそもの間違いかもしれないし、仮に本当に倒れていたとしても、どうせ何かに足を引っかけて転んだってのが関の山だ。
そうに決まっている。
どういうわけか、こういう時に限って時間の流れってのは長く感じるものだ。時計の針が進むスピードに変化はないのだろうが、それでもバスが信号に引っかかり、停留所で止まる度にイライラするのは何故だろうな。
それでも定刻通りに総合病院近所のバス停に到着した俺たちは、その足で急いで病院の正面玄関をくぐった。
「きょっ、キョンくーんっ!」
その途端、俺のふざけたあだ名を口にして、体全身で体当たりしてくる影がひとつ。誰であろうそれは朝比奈さんだったわけだが、涙で顔をくしゃくしゃにした挙げ句に俺の胸に顔をうずめて来た。
「すっ、涼宮さんが……涼宮さんが、海に行く電車の中で……ううっ……あ、あたしが気付けば……そ、それで今、病室で……」
朝比奈さんも朝比奈さんで、少しパニクってるのかもしれん。どうも話の要領を得ない。断片的に聞き取れた話はすでに古泉からの連絡で知っている。ともかくハルヒはどこの病室にいるのか教えてもらいたいんだが。
「ああ、ずいぶんと早かったですね」
こんな状態の朝比奈さんが一人でいるはずもなく、いつもと変わらない態度のまま、古泉もそこにいた。少なくとも、今の朝比奈さんよりは話が通じそうだ。
「俺もこの病院に用があったんだ。それでハルヒはどこだ? いったい何があった」
「涼宮さんの状態を言えば、今はまだそれほど心配するものでもありません。医師の見立てでは、疲れが溜まっていたのだろうということですが……」
ハルヒの状態を説明しながら、ふと古泉が佐々木に目を向けた。そのアイコンタクトが何を意味しているのか俺には解らんが、佐々木は自分に話を聞かせたくない素振りだと受け取ったのだろう。
「キョン、とりあえず病室に行った方がいい。彼女は僕が預かるよ」
そう言って、総合受付前の待合室へ朝比奈さんに連れ添って俺と古泉から離れて行った。
「では、こちらへ」
佐々木が朝比奈さんと離れたのを見計らうように、古泉は俺を誘って歩き出した。今すぐこの場で話せと言いたいところだが、場所が病院だけに大声で怒鳴りつけるわけにもいかない。進む古泉の後に続いて歩くしかない。
「佐々木がいると、何か困ることでもあるのか?」
「ああ、いえ。部外者……と言えば言葉は悪いですが、涼宮さんと深い友好を育んでいない佐々木さんにまで、いらぬ心配をかけさせるのが忍びなかっただけです」
「すでに心配してると思うぞ、あれは」
「ですね。ともかく、電話でも軽く説明しましたが、涼宮さんが倒れたのは海へ向かう電車の中でのことです。倒れた……と言うと、立っているときにバッタリ倒れたように聞こえますが、そうではありません。座っているときに、眠るように朝比奈さんに寄りかかったんですよ。その姿を見れば、うたた寝をしているんじゃないかと思えたのですが……目的の駅についても目を覚まさない。体を揺すっても目を覚まさず、長門さんの進言で病院へ連れてきたというわけです」
「長門が?」
「はい。異変に真っ先に気付いたのは、長門さんのようです」
長門なら確かにおかしなことになれば真っ先に気付くだろう。ただ、それでも病院へ連れて行くように言うのは……。
「ええ。長門さんなら、病院へ連れてくるまでもなく治してしまえそうですが、そうではなかった。ああ、こちらです」
古泉に連れられてやってきたのは、かつて俺が入院していた病室だった。もしかすると別の部屋かもしれないが、個室で作りが一緒だから違いがわからん。
その病室では、ベッドの傍らに長門が座ってハルヒを見ていた。そのハルヒは、パッと見ただけでは単に眠っているようにしか見えない。本当に寝てるだけじゃないだろうな?
「ええ、寝ています」
「寝てる……っておい。倒れたんじゃないのか?」
「検査の結果では、心拍数や脳波、呼吸に異常は見受けられません。本当にただ、眠っているだけです。にも関わらず、涼宮さんは目を覚まさないんですよ」
「どういうことだ」
「わからない」
俺の問いかけに答えたのは、古泉ではなくハルヒの寝顔に視線を固定している長門だった。
「涼宮ハルヒの身体的状態は安定している。通常の睡眠状態との差異は見受けられず、眠り続けている原因を正確に把握するためには、ノイズが多すぎる」
「ノイズ?」
俺の疑問に、けれど長門は答えない。聞けば答えてくれるのが長門だが、はっきりした曖昧な情報の伝達をしたくないのか、その眼差しはエックス線でも放射しているかのように、瞬きを忘れていそうなくらいにハルヒを凝視していた。
つまり、ハルヒの状態は、一見すれば眠ってるだけの状態であるにもかかわらず、その原因は長門を持ってしても不明という訳のわからないものだってことだ。起きている間は騒ぎを起こすが、眠っていても騒ぎを起こすのか、こいつは。
「問題は、この症状がいつまで続くか、ということです」
と、古泉はいつになく神妙な顔つきでそう言った。
「今はまだいい。症状は睡眠と変わらないのですからね。ただ、長引くようであれば、点滴で栄養を与えていても弱っていきます。何とかして目覚めて欲しいのですが、原因が解らないのでは手の施しようがない。長門さんでさえ原因不明とおっしゃるのですから、僕らでは解決のための手がかりすら掴めないでしょう」
「眠り病……みたいなもんか」
「認識としてはそれに近いものです。ただ、トリパノソーマ科の寄生虫に蝕まれているわけでもない。それどころか、外的な要因はなにもないのです。お手上げとしか言いようがありません」
「手の施しようがないって……だったらこのままにしておくつもりか」
「もちろん何もしないわけではありません。そんなことは言うまでもなく解っているでしょう?」
「……すまん」
ええい、何を慌ててるんだ俺は。ハルヒがあれこれ厄介事を巻き起こすのはいつものことじゃないか。今回はハルヒ自身がこんなになっちまってるが、妙なことになってるのには変わりない。
これまでだって何とかなったんだ。今回も何とかなるに決まってる。いや、何とかしなけりゃならないんだ。話を聞く限りでは、今日明日でハルヒがどうなるってわけでもないらしい。時間は有り余ってるわけじゃないが、足りないわけでもない。今はまだ何も解らないのなら、解るように考えればいいだけだ。
でも……それを、どうやって? 長門でも解らないことを、俺たちがどう考えればいいんだ? もしかすると、今まで何とかなってきた幸運もここで尽きてたりするんじゃないだろうな? 今まではどんな状況でも奇跡的になんとかなってきたが、その奇跡も底をついていたら……?
「キョン」
なかなか絶望的な気分に苛まされそうになってきたそのとき、俺を呼ぶ声が聞こえた。病室のドアの前、朝比奈さんを伴って佐々木もやってきたようだ。
「どうなんだい? 涼宮さんの容体は」
「ああ……いや、ただ疲れて寝てるだけらしい。そんなに、」
ガタン、と俺の言葉を遮るような大きな音が響いた。まさかハルヒが起きたんじゃないかと淡い期待を寄せて振り返れば、けれど体を起こしていたのはハルヒではない。椅子に座っていた長門が椅子から立ち上がり、絶対零度のごとき冷ややかな眼差しをこちらに向けていた。
「……え?」
と、佐々木が身を引くのも解らなくはない。足音も立てずに近付いてきた長門は、前振りなしで佐々木の腕を掴むや否や、淡々と、何の抑揚もない声音で告げる。
「みつけた」
つづく
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[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
つまりはそういうことなのです。今回は特に捻りもなくって感じですねー。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
謎はすべて解けた! みたいな感じではないかと……。
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