category: 日記
DATE : 2007/11/18 (Sun)
DATE : 2007/11/18 (Sun)
んー。毎回毎回、土日祝日にまで仕事がズレ込んでしまふ。仕方ないと言えば仕方ないですネェ。
それでもなんとかSSだけは仕上げる自分を褒めてあげたい。ぶらぼー。
ではまた明日。
それでもなんとかSSだけは仕上げる自分を褒めてあげたい。ぶらぼー。
ではまた明日。
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涼宮ハルヒの信愛:四章-c
状況を見るに、橘は訳もわからず九曜に手を引かれるままに、ここへやってきたことは間違いない。では九曜は何故ここへやってきたのか。俺をただ黙って見つめる漆黒の双眸から探るには、あまりにも奥が深すぎて見当がつかない。
だったら直接聞いてみろと言われそうだが……なんて言うのか、九曜に睨まれると何をどう言っていいのか解らなくなる。ちゃんと理解してくれているのならまだ話す甲斐があるってもんなのだが、ノーリアクションでは鏡に話しかけているようなむなしさばかりが募ってきて、何を言っても無駄なんだろうという思いから、結局言葉が出てこなくなるわけだが……。
「さてこれは……どういうことなのですか、九曜さん」
そこはさすがに九曜なんぞとつるんでいる橘だ。最初こそ戸惑いを見せてはいたものの、俺たちを前にして気を張ってるのか、俺が飲み込んだ疑問をしゃんとした物腰で九曜にぶつけてくれている。
「出来ることなら、ちゃんと誰にでも解る言葉で説明していただきたいのです」
「────偶然の────中に────必然────最後の、カギ────」
まったく意味が解らない。橘は「誰にでも解る言葉で」と言っていたが、とてもその意味を理解して実践しているとは思えない。かくいう橘も諦めたように肩をすくめている。俺に助けを求めるような眼差しを向けられてもだ、俺には宇宙語を通訳できるライセンスの持ち合わせはないぜ。
「──────彼女は────来てくれた────雨の中────だから────……」
「雨?」
九曜が言う『彼女』とは、ハルヒじゃないよな。ハルヒよりかは佐々木の方が九曜のところに行く機会は多そうだ。パズルのピースみたいな断片的な話から推測するに、佐々木が九曜のところへ行ったことがあるようで、そこに『雨』というキーワードが含まれるとなると……どういうわけか、俺にはひとつだけ思い当たる節がある。
「それはもしや、先月におまえがしでかしたオーパーツ騒ぎのことか?」
そんな風に考えたのは、九曜の口から漏れたキーワードから俺なりに少し考えて出てきたことであり、俺よりは九曜と一緒にいるであろう時間が長い佐々木との間になら、それ意外でも何かあっておかしくはない。
それでも、俺の当てずっぽうな発言は的を射ていたようだ。注意深く観測していなければ解らないほど、ごくごく微細な動作で、九曜は視線を落とすように首を縦に振った。
「────彼女は────来て────くれた────から────……わたしも──────来なければ────ならない、と────思った────……」
「……そうかい」
この九曜がそんなことを思うなんてな。
あの日、あのときの出来事は、それだけ九曜が佐々木に対して恩に感じる出来事だったと……いや、違うか。恩の貸し借りでも観測対象だからでもなく、そういう損得勘定抜きで、九曜は佐々木に何かが起きた際には駆けつけなければと思えるような友達だと、そう思っているのかもしれん。本人にその自覚のあるなしは別にしてな。
来たのはいいが自分でもどうしてそうしたのか解っていないような九曜の態度を見ていると、そう思える。
「もしかして……」
九曜が口を閉ざし、妙な沈黙に包まれ始めた頃合いで、橘がどこかしら気まずそうに言葉を盛らした。
「佐々木さんに何かあったんですか?」
何を今さら……って、そうか。九曜は何が起きてるのか把握してるようだが、橘にはまだ誰も何も説明してないのと同じか。古泉は端から、長門では九曜に負けず劣らずの『説明』になりそうだ。となれば俺が説明することになるのだが……何をどう言えばいいのかさっぱりだぞ。ハルヒと佐々木がリンクしてるってことらしいが、人に説明できるほど俺も状況をはっきり正確に理解してるわけじゃない。
「えーっとだな……」
それでも黙っているわけにもいかない。解ってることだけを伝えれば充分だろうと思って口を開けば──。
「あのぅ……あ、ど、どうも……」
長門が眠らせた佐々木をどこか別の部屋へ運んだ朝比奈さんが、どういうわけか妙におどおどした態度で戻って来た。橘と九曜の姿を見て取って律儀に頭を下げているが、その態度が気に掛かる。
「どうしたんですか、朝比奈さん」
「あ、うん。えっと……今、大事なお話の最中だった?」
「見ての通りです。今、とても重要なお話の最中なのですよ」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
確かに今はどうでもいいような世間話をしているわけじゃないがな、橘が朝比奈さん相手に偉そうにする謂われはどこにもありゃしないぞ。
「朝比奈さん、こいつの言うことをいちいち真に受けなくていいですよ。それで、何かあったんですか? まさか……佐々木に何かあったんじゃないでしょうね?」
「ううん、そうじゃなくて……えっとね、あの……なんてお名前かしら? あの、ほら、二月に花壇で会った人が、キョンくんに話があるから呼んできてくれって」
二月……花壇?
「そんなの後にしてください。そんな名前も覚えてない相手なんて放っておけばいいのです。そもそも話があるならそっちからやって来いとでも言えばいいじゃないですか」
「え、あ、あ、うん。そうですよね……」
だから橘、おまえは少し黙ってろ。それと朝比奈さん、いちいち橘の言葉に反応しなくていいですよ。こいつの台詞は馬のいななき程度と思ってりゃいいんです。
「そうですよね、じゃない」
「ひゃっ!」
その声に、朝比奈さんが短い悲鳴を上げてドア前から飛び退いた。二月に花壇と来れば、なるほどな、こいつか。橘と九曜が現れて、一人だけ蚊帳の外かと思っていたが、そっちからのこのこと関わりに来たらしい。
「ふん」
藤原が俺を……というよりも、ここにいる全員を一瞥して、呆れたように嘆息を漏らした。何なんだ、その態度は。
「あんたが思った通り、呆れただけだ。結局、こういうことになっているのか」
「結局……こういうこと、だと?」
そうか……こいつ。そういえば昨日の喫茶店で、こいつだけは何かを知っている風だったな。今ごろ出てきたというのなら、洗いざらい話すつもりになったってことか、あるいは今のこの状況を見て嘲笑しに来ただけなのか……後者だったら問答無用で張り倒してやるがな。
「人に殴られて喜ぶような性癖の持ち合わせはないな。それで、どっちにするんだ? 佐々木か、涼宮か」
「どっち……? 何だそりゃ?」
「あんたの愚鈍さには憐憫の情さえ湧いてこない。決まってるだろ、助ける方だ。言ったじゃないか。あんたは二者択一の決断を迫られると。それが今というわけさ。人の話を聞いていれば、考えるまでもなく思い至ることだろう?」
助ける? おまえが? いったいどうやって? そもそもどうしてハルヒか佐々木のどちらか一人だけなんだ。助けるのは二人ともだ。どちらか一人なんてあり得ない。
「藤原さん、どういうこと? 助けるって……いったい何が起きてるんですか。あなたに何ができるんです?」
「なんだ、そこの宇宙人どもから何も聞いてないのか」
俺と似たような疑問を素直に口にする橘に、藤原は物言わぬ長門と動かない九曜に目を向けて肩をすくめた。
「今、涼宮と佐々木の作り出す異空間がほぼ重なり合っている。そうだな……一枚の紙の裏表のような状況になっている。どうしてそうなったのか理由はわからないが、そのままにさせておくのは何かとまずい。理由は言わずとも、だな。それを解決するには、どちらか一方の時間をずらすしかない」
「時間をずらす?」
「同時刻に時空を歪ませるほどの膨大な力が共存しているのが問題なんだ。小手先の解決方法ならいくらでもあるだろうが、根本的に解決するには同じ時刻に存在しないようにするのが手っ取り早い」
「なるほど……それは確かに理にかなっている話です」
藤原の話を聞いていた古泉が、ヤケに納得してやがる。どこに納得できる根拠があるんだ?
「長門さんは、今起きている現象を『共鳴』と言っています。それはつまり、互いが近しい位置で干渉しあっているからではありませんか。ならば遠ざけるのが、安全かつ確実な解決策です。ただ、涼宮さんの能力は地球規模、いえ、下手をすれば地球外のあらゆる世界にまで行き渡る力です。それは佐々木さんも同じなのでしょう。遠ざけるなら、時間の壁を越えるのが確実です。ですが……それをどうやって行うのでしょう?」
「TPDDを使う」
古泉の疑問に、藤原は迷う素振りすらなく即答した。
「この原理をあんたらに話すつもりもないが、理屈で言えばTPDDの時間と空間を移動する技術を使うんだ。故意に暴走状態にして使用すればいい。そうすれば時間漂流者のできあがりだ。ちょうど先月──」
藤原は、億劫そうに長門を指さした。
「あんたがなりかけたみたいにな」
先月のオーパーツ事件。あれは朝倉や朝比奈さん(大)が言うには歴史を記憶し、改ざんできるような代物らしいが、それに長門が無理やり干渉しようとしたせいで時間と空間を彷徨う暴走状態になったと言っていた。それを朝比奈さん(大)は確か……長門が強制的に機能へ介入しようとしたためにTPDDと同じような作用を引き起こしたと言っていたが……逆を言えば、TPDDとやらは制御されてなければああいうことになるってことでもある。つまり……まさか。
「あれを作ったのはおまえか」
「さぁな。ただ、あの現象を参考にしたのは間違いなさそうだ。おかげでこの僕に、こんなつまらない役割が巡ってきた。まったくふざけた話だ」
溜息とも嘲笑ともとれる吐息を漏らし、藤原は腕を組んで壁に寄りかかり、そして俺を冷ややかな眼差しで睨め付けた。
「で、どっちにするんだ? 僕はどちらでも構わない。見るべきものは時空を歪ませる力であり、それがあるのなら涼宮だろうが佐々木だろうが関係ない。実行するのは僕だが、決めるのはあんただ」
「ふざけるな。それは確かに理にかなった話かもしれんが、つまりどっちかが犠牲になるってことじゃないか。どちらかが犠牲になるような解決方法は、最初っから却下だ」
「ならどうする? 他の解決方法はない。佐々木が作り出している異空間……閉鎖空間と言ったか。そこで起きていることを解決すればいいとでも思っているのか? 本当にそれが解決に繋がるのか? その瞬間は確かにそれでいいかもしれないが、一度起きたことが今後二度と起こらないと何故言える? そこまで楽天的に物事を考えられるのは、幸せを通り越して憐れとしか言いようがない」
「んだと!?」
「状況を楽観視しているようだが、実際は違う。事は涼宮と佐々木だけの問題ではないのさ。現実世界のここにも何かが起こるかもしれない。今は張りつめられた糸と同じ状況だ。少し力を入れれば、いつ切れてもおかしくない。それは朝比奈みくる、あんたも解ってることじゃないのか?」
「朝比奈さんが?」
急に名前を呼ばれたからか、俺が目を向けると同時に、朝比奈さんは臆病な野ウサギだってここまで驚かないだろうってくらい、小さな肩を震わせて身を縮めていた。
「は、はい。あの……うまく言えないんだけど……空間が、そのぅ……空間なのかな? 言葉で上手く言えないんですけど、とても歪んでるように見えて……あ、目で見えてるわけじゃなくて、感覚でって言うか……」
一言一言を選ぶようにそう言う朝比奈さんは、決して藤原に怯えて言っているわけじゃなさそうだ。時間を行き来するような連中にしか解らない次元で、何かが起きてるってことか?
「そういうことだ。さて、そろそろ決断してもらおう。どっちにするんだ? 選ばないという選択肢はない」
「だから、待てよ。仮に最悪そうするにしても、どうして俺に選ばせるんだ」
「今さらだな。そう思ってるのはあんただけだ」
「だから何故? どうして俺なんだよ」
「あんたがカギだからだ。それが時空を歪ませる力を解き明かすカギなのか、封じ込めるカギなのか、それともまったく別のカギなのかは僕にも解らない。ただ、あの力に何らかの影響を及ぼすのはあんただ。ならば残す力を選ぶのもあんたの役割なんだ」
なんてぇ理屈だ。俺がハルヒの唐変木パワーに影響を及ぼす? そんなこと、今まで一度だってありゃしない。まるで無理難題を勝手に押しつけてるようなもんじゃないか。冗談じゃない。
「心中くらいは察してやる。できることならどちらも助けたいと思う気持ちも理解できる。僕だってこんな真似をするのは好きじゃない。ただ、そうしなければならないんだ。どちらも助かる奇跡みたいな出来事はない。例え奇跡的な出来事が起きたとしても、それは未来から見れば歴史的事実にしかならない。起こるべきことが起きたにすぎない。だから奇跡なんてあり得ない」
あまりにも真っ当するぎる藤原の言葉に、俺は返す台詞を失った。
こいつは未来から来ている。つまり今ここで起きていることを知っているのかもしれない。その藤原をして「どちらか一方しか選べない」と言うのであれば、歴史的事実としてそうなっているとしか思えない。そこに、奇跡的な出来事が入り込む余地は──。
「あ、あたしはあると思うんですっ! 奇跡って、その、あるんです!」
と、絞り出すような大きな声でそう叫んだのは……朝比奈さんだった。
「奇跡って、その、起きてほしいって願うから起こるんじゃないし、起こそうとしても起こらないじゃないですか。奇跡って、頑張ってる人に神様がほんのちょっとだけ手伝ってくれることだと、あたし思うんです。キョンくん、あたしやみんなのために大変なことを頑張ってくれて……だからキョンくんが願えば、きっと奇跡って起きるって……そのぅ……」
我慢できずに思わず口を挟んだのはいいが、それでも何をどう言っていいのか解らないとばかりに、朝比奈さんはどんどん尻すぼみに言葉がかき消えていく。
そう言ってくれるのは嬉しいし有り難い。けれど朝比奈さんが自分でも言ったように、奇跡は起こそうとして起きるものじゃない。今ここで起きてほしいが、そんなに都合良く世の中はできていない。そもそも、その神様とやらは、今は眠りこけている。
「何をどう思おうと好きにすればいい。それに口を挟むつもりはない。それでも、」
「奇跡は起こらない、ね」
藤原の言葉を遮って響いた声に真っ先に反応したのは、もしかすると長門だったかもしれない。それを俺は確認しちゃいないが、たぶんそうだったんだろう。
「そうよね。だってこれは奇跡じゃないもの。あらゆる可能性を考慮して、いかなる状況であろうとも対応できるように施した……最後の可能性なんだもの」
そう言って、朝倉涼子はシルクのような柔らかな微笑みを浮かべてみせた。
つづく
涼宮ハルヒの信愛:四章-c
状況を見るに、橘は訳もわからず九曜に手を引かれるままに、ここへやってきたことは間違いない。では九曜は何故ここへやってきたのか。俺をただ黙って見つめる漆黒の双眸から探るには、あまりにも奥が深すぎて見当がつかない。
だったら直接聞いてみろと言われそうだが……なんて言うのか、九曜に睨まれると何をどう言っていいのか解らなくなる。ちゃんと理解してくれているのならまだ話す甲斐があるってもんなのだが、ノーリアクションでは鏡に話しかけているようなむなしさばかりが募ってきて、何を言っても無駄なんだろうという思いから、結局言葉が出てこなくなるわけだが……。
「さてこれは……どういうことなのですか、九曜さん」
そこはさすがに九曜なんぞとつるんでいる橘だ。最初こそ戸惑いを見せてはいたものの、俺たちを前にして気を張ってるのか、俺が飲み込んだ疑問をしゃんとした物腰で九曜にぶつけてくれている。
「出来ることなら、ちゃんと誰にでも解る言葉で説明していただきたいのです」
「────偶然の────中に────必然────最後の、カギ────」
まったく意味が解らない。橘は「誰にでも解る言葉で」と言っていたが、とてもその意味を理解して実践しているとは思えない。かくいう橘も諦めたように肩をすくめている。俺に助けを求めるような眼差しを向けられてもだ、俺には宇宙語を通訳できるライセンスの持ち合わせはないぜ。
「──────彼女は────来てくれた────雨の中────だから────……」
「雨?」
九曜が言う『彼女』とは、ハルヒじゃないよな。ハルヒよりかは佐々木の方が九曜のところに行く機会は多そうだ。パズルのピースみたいな断片的な話から推測するに、佐々木が九曜のところへ行ったことがあるようで、そこに『雨』というキーワードが含まれるとなると……どういうわけか、俺にはひとつだけ思い当たる節がある。
「それはもしや、先月におまえがしでかしたオーパーツ騒ぎのことか?」
そんな風に考えたのは、九曜の口から漏れたキーワードから俺なりに少し考えて出てきたことであり、俺よりは九曜と一緒にいるであろう時間が長い佐々木との間になら、それ意外でも何かあっておかしくはない。
それでも、俺の当てずっぽうな発言は的を射ていたようだ。注意深く観測していなければ解らないほど、ごくごく微細な動作で、九曜は視線を落とすように首を縦に振った。
「────彼女は────来て────くれた────から────……わたしも──────来なければ────ならない、と────思った────……」
「……そうかい」
この九曜がそんなことを思うなんてな。
あの日、あのときの出来事は、それだけ九曜が佐々木に対して恩に感じる出来事だったと……いや、違うか。恩の貸し借りでも観測対象だからでもなく、そういう損得勘定抜きで、九曜は佐々木に何かが起きた際には駆けつけなければと思えるような友達だと、そう思っているのかもしれん。本人にその自覚のあるなしは別にしてな。
来たのはいいが自分でもどうしてそうしたのか解っていないような九曜の態度を見ていると、そう思える。
「もしかして……」
九曜が口を閉ざし、妙な沈黙に包まれ始めた頃合いで、橘がどこかしら気まずそうに言葉を盛らした。
「佐々木さんに何かあったんですか?」
何を今さら……って、そうか。九曜は何が起きてるのか把握してるようだが、橘にはまだ誰も何も説明してないのと同じか。古泉は端から、長門では九曜に負けず劣らずの『説明』になりそうだ。となれば俺が説明することになるのだが……何をどう言えばいいのかさっぱりだぞ。ハルヒと佐々木がリンクしてるってことらしいが、人に説明できるほど俺も状況をはっきり正確に理解してるわけじゃない。
「えーっとだな……」
それでも黙っているわけにもいかない。解ってることだけを伝えれば充分だろうと思って口を開けば──。
「あのぅ……あ、ど、どうも……」
長門が眠らせた佐々木をどこか別の部屋へ運んだ朝比奈さんが、どういうわけか妙におどおどした態度で戻って来た。橘と九曜の姿を見て取って律儀に頭を下げているが、その態度が気に掛かる。
「どうしたんですか、朝比奈さん」
「あ、うん。えっと……今、大事なお話の最中だった?」
「見ての通りです。今、とても重要なお話の最中なのですよ」
「あっ、ご、ごめんなさい……」
確かに今はどうでもいいような世間話をしているわけじゃないがな、橘が朝比奈さん相手に偉そうにする謂われはどこにもありゃしないぞ。
「朝比奈さん、こいつの言うことをいちいち真に受けなくていいですよ。それで、何かあったんですか? まさか……佐々木に何かあったんじゃないでしょうね?」
「ううん、そうじゃなくて……えっとね、あの……なんてお名前かしら? あの、ほら、二月に花壇で会った人が、キョンくんに話があるから呼んできてくれって」
二月……花壇?
「そんなの後にしてください。そんな名前も覚えてない相手なんて放っておけばいいのです。そもそも話があるならそっちからやって来いとでも言えばいいじゃないですか」
「え、あ、あ、うん。そうですよね……」
だから橘、おまえは少し黙ってろ。それと朝比奈さん、いちいち橘の言葉に反応しなくていいですよ。こいつの台詞は馬のいななき程度と思ってりゃいいんです。
「そうですよね、じゃない」
「ひゃっ!」
その声に、朝比奈さんが短い悲鳴を上げてドア前から飛び退いた。二月に花壇と来れば、なるほどな、こいつか。橘と九曜が現れて、一人だけ蚊帳の外かと思っていたが、そっちからのこのこと関わりに来たらしい。
「ふん」
藤原が俺を……というよりも、ここにいる全員を一瞥して、呆れたように嘆息を漏らした。何なんだ、その態度は。
「あんたが思った通り、呆れただけだ。結局、こういうことになっているのか」
「結局……こういうこと、だと?」
そうか……こいつ。そういえば昨日の喫茶店で、こいつだけは何かを知っている風だったな。今ごろ出てきたというのなら、洗いざらい話すつもりになったってことか、あるいは今のこの状況を見て嘲笑しに来ただけなのか……後者だったら問答無用で張り倒してやるがな。
「人に殴られて喜ぶような性癖の持ち合わせはないな。それで、どっちにするんだ? 佐々木か、涼宮か」
「どっち……? 何だそりゃ?」
「あんたの愚鈍さには憐憫の情さえ湧いてこない。決まってるだろ、助ける方だ。言ったじゃないか。あんたは二者択一の決断を迫られると。それが今というわけさ。人の話を聞いていれば、考えるまでもなく思い至ることだろう?」
助ける? おまえが? いったいどうやって? そもそもどうしてハルヒか佐々木のどちらか一人だけなんだ。助けるのは二人ともだ。どちらか一人なんてあり得ない。
「藤原さん、どういうこと? 助けるって……いったい何が起きてるんですか。あなたに何ができるんです?」
「なんだ、そこの宇宙人どもから何も聞いてないのか」
俺と似たような疑問を素直に口にする橘に、藤原は物言わぬ長門と動かない九曜に目を向けて肩をすくめた。
「今、涼宮と佐々木の作り出す異空間がほぼ重なり合っている。そうだな……一枚の紙の裏表のような状況になっている。どうしてそうなったのか理由はわからないが、そのままにさせておくのは何かとまずい。理由は言わずとも、だな。それを解決するには、どちらか一方の時間をずらすしかない」
「時間をずらす?」
「同時刻に時空を歪ませるほどの膨大な力が共存しているのが問題なんだ。小手先の解決方法ならいくらでもあるだろうが、根本的に解決するには同じ時刻に存在しないようにするのが手っ取り早い」
「なるほど……それは確かに理にかなっている話です」
藤原の話を聞いていた古泉が、ヤケに納得してやがる。どこに納得できる根拠があるんだ?
「長門さんは、今起きている現象を『共鳴』と言っています。それはつまり、互いが近しい位置で干渉しあっているからではありませんか。ならば遠ざけるのが、安全かつ確実な解決策です。ただ、涼宮さんの能力は地球規模、いえ、下手をすれば地球外のあらゆる世界にまで行き渡る力です。それは佐々木さんも同じなのでしょう。遠ざけるなら、時間の壁を越えるのが確実です。ですが……それをどうやって行うのでしょう?」
「TPDDを使う」
古泉の疑問に、藤原は迷う素振りすらなく即答した。
「この原理をあんたらに話すつもりもないが、理屈で言えばTPDDの時間と空間を移動する技術を使うんだ。故意に暴走状態にして使用すればいい。そうすれば時間漂流者のできあがりだ。ちょうど先月──」
藤原は、億劫そうに長門を指さした。
「あんたがなりかけたみたいにな」
先月のオーパーツ事件。あれは朝倉や朝比奈さん(大)が言うには歴史を記憶し、改ざんできるような代物らしいが、それに長門が無理やり干渉しようとしたせいで時間と空間を彷徨う暴走状態になったと言っていた。それを朝比奈さん(大)は確か……長門が強制的に機能へ介入しようとしたためにTPDDと同じような作用を引き起こしたと言っていたが……逆を言えば、TPDDとやらは制御されてなければああいうことになるってことでもある。つまり……まさか。
「あれを作ったのはおまえか」
「さぁな。ただ、あの現象を参考にしたのは間違いなさそうだ。おかげでこの僕に、こんなつまらない役割が巡ってきた。まったくふざけた話だ」
溜息とも嘲笑ともとれる吐息を漏らし、藤原は腕を組んで壁に寄りかかり、そして俺を冷ややかな眼差しで睨め付けた。
「で、どっちにするんだ? 僕はどちらでも構わない。見るべきものは時空を歪ませる力であり、それがあるのなら涼宮だろうが佐々木だろうが関係ない。実行するのは僕だが、決めるのはあんただ」
「ふざけるな。それは確かに理にかなった話かもしれんが、つまりどっちかが犠牲になるってことじゃないか。どちらかが犠牲になるような解決方法は、最初っから却下だ」
「ならどうする? 他の解決方法はない。佐々木が作り出している異空間……閉鎖空間と言ったか。そこで起きていることを解決すればいいとでも思っているのか? 本当にそれが解決に繋がるのか? その瞬間は確かにそれでいいかもしれないが、一度起きたことが今後二度と起こらないと何故言える? そこまで楽天的に物事を考えられるのは、幸せを通り越して憐れとしか言いようがない」
「んだと!?」
「状況を楽観視しているようだが、実際は違う。事は涼宮と佐々木だけの問題ではないのさ。現実世界のここにも何かが起こるかもしれない。今は張りつめられた糸と同じ状況だ。少し力を入れれば、いつ切れてもおかしくない。それは朝比奈みくる、あんたも解ってることじゃないのか?」
「朝比奈さんが?」
急に名前を呼ばれたからか、俺が目を向けると同時に、朝比奈さんは臆病な野ウサギだってここまで驚かないだろうってくらい、小さな肩を震わせて身を縮めていた。
「は、はい。あの……うまく言えないんだけど……空間が、そのぅ……空間なのかな? 言葉で上手く言えないんですけど、とても歪んでるように見えて……あ、目で見えてるわけじゃなくて、感覚でって言うか……」
一言一言を選ぶようにそう言う朝比奈さんは、決して藤原に怯えて言っているわけじゃなさそうだ。時間を行き来するような連中にしか解らない次元で、何かが起きてるってことか?
「そういうことだ。さて、そろそろ決断してもらおう。どっちにするんだ? 選ばないという選択肢はない」
「だから、待てよ。仮に最悪そうするにしても、どうして俺に選ばせるんだ」
「今さらだな。そう思ってるのはあんただけだ」
「だから何故? どうして俺なんだよ」
「あんたがカギだからだ。それが時空を歪ませる力を解き明かすカギなのか、封じ込めるカギなのか、それともまったく別のカギなのかは僕にも解らない。ただ、あの力に何らかの影響を及ぼすのはあんただ。ならば残す力を選ぶのもあんたの役割なんだ」
なんてぇ理屈だ。俺がハルヒの唐変木パワーに影響を及ぼす? そんなこと、今まで一度だってありゃしない。まるで無理難題を勝手に押しつけてるようなもんじゃないか。冗談じゃない。
「心中くらいは察してやる。できることならどちらも助けたいと思う気持ちも理解できる。僕だってこんな真似をするのは好きじゃない。ただ、そうしなければならないんだ。どちらも助かる奇跡みたいな出来事はない。例え奇跡的な出来事が起きたとしても、それは未来から見れば歴史的事実にしかならない。起こるべきことが起きたにすぎない。だから奇跡なんてあり得ない」
あまりにも真っ当するぎる藤原の言葉に、俺は返す台詞を失った。
こいつは未来から来ている。つまり今ここで起きていることを知っているのかもしれない。その藤原をして「どちらか一方しか選べない」と言うのであれば、歴史的事実としてそうなっているとしか思えない。そこに、奇跡的な出来事が入り込む余地は──。
「あ、あたしはあると思うんですっ! 奇跡って、その、あるんです!」
と、絞り出すような大きな声でそう叫んだのは……朝比奈さんだった。
「奇跡って、その、起きてほしいって願うから起こるんじゃないし、起こそうとしても起こらないじゃないですか。奇跡って、頑張ってる人に神様がほんのちょっとだけ手伝ってくれることだと、あたし思うんです。キョンくん、あたしやみんなのために大変なことを頑張ってくれて……だからキョンくんが願えば、きっと奇跡って起きるって……そのぅ……」
我慢できずに思わず口を挟んだのはいいが、それでも何をどう言っていいのか解らないとばかりに、朝比奈さんはどんどん尻すぼみに言葉がかき消えていく。
そう言ってくれるのは嬉しいし有り難い。けれど朝比奈さんが自分でも言ったように、奇跡は起こそうとして起きるものじゃない。今ここで起きてほしいが、そんなに都合良く世の中はできていない。そもそも、その神様とやらは、今は眠りこけている。
「何をどう思おうと好きにすればいい。それに口を挟むつもりはない。それでも、」
「奇跡は起こらない、ね」
藤原の言葉を遮って響いた声に真っ先に反応したのは、もしかすると長門だったかもしれない。それを俺は確認しちゃいないが、たぶんそうだったんだろう。
「そうよね。だってこれは奇跡じゃないもの。あらゆる可能性を考慮して、いかなる状況であろうとも対応できるように施した……最後の可能性なんだもの」
そう言って、朝倉涼子はシルクのような柔らかな微笑みを浮かべてみせた。
つづく
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[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
ここに来て真打ち登場!?
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
ちゃちゃっと片付く……かどうかは、それでもキョンくん次第なのです。主人公にも頑張ってもらわないとネ!
★無題
NAME: W_M_Y
そんなにのまえさんに、ぶらぼーな賛辞を送りたいです。
今回は「藤原v.s.キョン」の会話が主ですが、絵的には随分にぎやかな場面になっているようで、情景を想像すると一層楽しめます。
今回は「藤原v.s.キョン」の会話が主ですが、絵的には随分にぎやかな場面になっているようで、情景を想像すると一層楽しめます。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
SOS団と佐々木団の全員がそろってるわけで、そこに朝倉さんまで追加ですね。いろいろ思惑あれど、入院中にこれだけ人が集まるなんてハルヒさんは幸せですね!
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