category: 日記
DATE : 2007/11/20 (Tue)
DATE : 2007/11/20 (Tue)
ちょこっとやることが立て込んでおりまして、SSは後ほど追加します。
その「後ほど」というのは、たぶん昼頃になるんじゃないかなーと思います。
もうちょっとお待ちを。
※14:15ごろSS追加。
今回分で四章は終わりで、次回から五章って感じになりマス(`Д´)ゞ
その「後ほど」というのは、たぶん昼頃になるんじゃないかなーと思います。
もうちょっとお待ちを。
※14:15ごろSS追加。
今回分で四章は終わりで、次回から五章って感じになりマス(`Д´)ゞ
前回はこちら
涼宮ハルヒの信愛:四章-d
「ずっと疑問に思ってたの」
そう言いながら病室に足を踏み入れる朝倉の姿を、ここにいる誰もが驚愕に満ちた面持ちで見ていた。
言葉を遮られた藤原はもちろん、朝比奈さんや橘はぽかんと口を開けて、古泉もトレードマークと化している笑顔を引っ込めてわずかに目を見開いているようだ。九曜も、そして長門でさえも表情にこそ変化はないが、思わぬ乱入者に心なしか動揺しているように見えなくもない。
かくいう俺は……何故だろう、朝倉が現れることがさも当然とばかりに、その事実を受け入れている。
「疑問って何が?」
他の連中が多かれ少なかれ呆けている中、あまり動揺も戸惑いもなく口を開けるのは俺だけらしい。
「どうして彼女はわたしにTPDDを預けたままなんだろうって」
その『彼女』とやらは、朝比奈さん(大)のことか。
「彼女がうっかり忘れてるだけかもって思ったけど、それでもおかしいのよね。TPDDそのものを貸し与えてくれなくても、わたしに時間遡航をさせたければ彼女が誘導すればいいだけの話じゃない? なのにそうせずに貸し与えて、回収すらしないんだもの。わたしが悪用しないと思って……なんて考えてるわけじゃなさそうだしね。そうしたらやっぱり思うところがあったみたい。ねぇ、朝比奈さん」
「え? あ、は、はいっ」
朝倉が呼んだのは、今ここにいる幼い容姿の愛しい上級生である朝比奈さんだった。
「わたし宛に何か預かってないかな? あなたの上の立場にいる人から」
「あ、そう。そうなんです。ずっと朝倉さんのこと捜してたんですけど……あの、このデータって何なんですか? 圧縮されてる上にパスワードがかかっていて、中身がまったく解らないんですけど……」
そんなことを言いながらおずおずと握手を求めるように手を差し出す朝比奈さんだが、その手には何もない。にもかかわらず朝倉は朝比奈さんの手を握る。それでデータとやらのやりとりが出来るらしい。
もしかして、未来人は頭の中に今の時代で言うコンピュータらしき電子頭脳が組み込まれてるんじゃないだろうな? 作り話で済んでいるサイバーパンクの世界が実現して、しかもそれが当たり前の技術になってるんだとしたら、人間の進歩というか進化というか、そういうものに感心しつつも薄ら寒いものを感じずにはいられない。
「これ、TPDDを改良するためののバッチファイル……みたいなものかな。閉鎖空間内でも使えるようにするための。さて」
朝倉は、それで準備は整ったとばかりにここにいる一同を改めて見渡した。
「状況は解ってる。あなたたちがやろうとしていたことも把握している。それを何故、わたしが知っているのかと言えば……」
朝倉は、ちらりと朝比奈さんを盗み見るように視線を流してから、言葉を続けた。つまり、そういうことか。
「そのことにさほどの意味はないから、多くを語る必要はなさそうね。そんな時間もないし。重要なのは、わたしがここにいることでもう一つの可能性ができたということ。わたしの話を聞きたい?」
「まずは聞かせてもらおう」
朝倉の挑むような言葉を真っ先に受けて立ったのは、藤原だった。
「あんたもTPDDを持ってるようだが、それでもできることは僕と大差ないんじゃないのか? いったい何をするだ」
どこかしら挑むような藤原の言葉も、確かに頷けるところはある。朝倉だろうが藤原だろうが、TPDDを使う手段を講じるのであれば、そこに大きな違いはないように思える。
「情報の処理速度が違うの。いいわ、じゃあ説明するね。わたしがやろうとしてるのは、涼宮さんと佐々木さん、ふたりの共振している閉鎖空間を引きはがすこと」
「はっ、それは無理だ」
鼻先で笑い飛ばしながら、藤原は朝倉の案を一笑に付した。
「あの空間は今、一枚の紙の裏と表みたいなものだと言ったばかりだ。あんただってそれは解ってるだろう」
「一枚の紙ね。うん、確かにその通りね。ところであなた、未来の人でしょ? 未来にはないのかしら?」
「……何のことだ?」
「間剥ぎって知ってる? 一枚の紙を二枚に剥ぐ技術ね。古本とか掛け軸とかで虫食い等で損傷した紙を薄く剥いで、その間に厚紙とか挟んで補強するの。それと同じようなことをするってこと」
「できるのか、あんたにそれが」
「人間には無理。でもわたしなら、ふたつの空間情報の隙間を解析できる。情報の処理速度はこっちが上だもの。でも、さすがに一人じゃそれは無理だから……そこは、長門さんにも協力してもらいたいな」
「…………」
朝倉に名を呼ばれた長門は、けれど何も応えずに相も変わらずの眼差しを向けるだけだった。俺には、その表情から何を思っているのか読み取れないが、近しい存在とも言える朝倉には、何か思うところがあったらしい。困ったような笑みを浮かべている。
「わたしにとってはそうじゃないけど……お久しぶり、かな」
「…………」
「元気そうで何よりね。ちゃんとご飯は食べてる? コンビニのお弁当やレトルトばかりじゃダメよ」
「…………わかってる」
「そう。それならいいけど。……協力、してくれるよね?」
「わかった」
その短い会話が何を意味しているのか、俺には解らない。他の連中にも解らないだろうし、同じ属性を持つ喜緑さんが聞いていたとしても、おそらく解らなかったんじゃないかと思う。朝倉と長門だからこそ、その会話には言葉以上の何かが含まれていたように思えてならない。
「仮に」
これまでの朝倉の話を頭の中で整理し、その有効性を考えでもしていたのか、古泉が口を挟んで来た。
「ふたつの閉鎖空間を引き離せたとしても、剥ぐのは紙ではありません。涼宮さんと佐々木さんが作り出している閉鎖空間です。すぐにまた、融合してしまうのでは?」
「だから、引き離したふたつの空間の狭間に、わたしが持っているTPDDを使って壁を作るの。共鳴しているのなら、そうなっても非接触破壊が起こらないように緩衝材を滑り込ませればいいのと同じ理屈」
「そんなことができるんですか?」
「時間移動をするには、ふたつの要素が必要なのは解るでしょう? 時間の流れに干渉することと、空間に干渉することね。そのふたつがあって、例えばこの場所から過去の学校の部室へ時間遡航もできるの。わたしが持ってるTPDDは、さっき朝比奈さんからもらったバッチファイルで空間の壁を壊す性能に特化した改良を行ってある。つまり……」
朝倉はしばし言葉をつまらせて視線を宙に漂わせ、それから話を続けた。
「イメージしやすい理屈で言えば、わたしと長門さんで融合しているふたつの閉鎖空間の狭間を見つけ、その間にわたしが持っているTPDDで断層を作るってこと。タマゴサンドでも作る感じかな。二枚のパンが涼宮さんと佐々木さんの閉鎖空間。間に挟まっているタマゴがTPDD」
イメージしやすいと言えばその通りだが、今起こっている厄介な現象も朝倉にかかれば食い物の話か。一気に話の深刻さが下がったような気がする。
「そうか、だからあんたがTPDDを持ってるわけだな」
「そういうこと」
どうやら朝倉が提案している話を飲み込めたらしい藤原の言葉に、朝倉は頷く。
「この方法は人の情報処理能力じゃできないことだし、何よりTPDDから時間移動の機能を削いで空間干渉に特化させているんだもの。あなたや朝比奈さんにはできない方法ね」
だから、朝比奈さん(大)は朝倉にTPDDを渡していたのか。今のこのときのために。
「確かにそれなら、あんたにしかできない方法だ。やるというのであれば、やればいい。僕も損な役回りから解放される」
どうやら藤原は、朝倉の救出案を受け入れるらしい。自分がするはずだったことを放棄するつもりか、腕を組んで一歩後ろに下がった。
つまりこれが、ハルヒも佐々木も犠牲にしない現状で行える最善の方法……なのか?
「その方法で──」
ここで、今までずっと黙っていた橘が口を開いた。
「涼宮さんも佐々木さんも確実に助けられます?」
これまでの話は、こいつの専門外の話だから口出しする余地はなかっただろう。今も俺と同じように口出しできる話じゃない。それでも気になるところがあるのか、そんなことを言い出した。
確かにどんな方法であれ、重要なのはそこだ。最終的にふたりが助かるのであれば、朝倉のやり方だろうが藤原のやり方だろうがどっちでもいい。ただ、可能性としては藤原論より朝倉論の方が望む結果を得やすいだけって話だ。
そのところはどうなんだ?
「リスクはある」
朝倉は、あっさりと橘の危惧を肯定した。
「やることは、結局今起きている症状を元の形に正すだけ。根本的な原因でもある『何故ふたつの閉鎖空間が共鳴しているのか』っていうことを解決していない。もしかすると、共鳴しなければならないことがあるのかもしれない。それを無理に引き離すのは、もっと困ったことになるかもしれない。それによって涼宮さんにも佐々木さんにも何かしらの悪影響が出てしまうかもしれない。すべては仮定の話。何事も起こらないことだってある。ただ、何か事を起こすのにノーリスクで済ませられるわけがないもの。だから──」
朝倉は、俺を見る。
「わたしのやり方と藤原くんのやり方。どっちを選ぶ?」
最終的な決断は、結局のところ俺に巡ってくるらしい。どうして俺が……なんて、ことを言い出すつもりはない。長門や朝比奈さんや古泉、そして朝倉にだってそれぞれの役割がある。こいつらは全員、その役割を受け入れて進んでいる。
そして俺の役割は、こうやって決断を下すことらしい。時間移動ができるわけでもなく、超能力があるわけでもなく、宇宙的な超パワーがあるわけでもない俺のすべきことは、最終的な決断を下す役割らしい。
だから、俺が決めろと朝倉は言うんだろう。藤原だって、さっきも似たようなことを俺に言っていた。
けれど、だからって今回の決断は……俺一人で勝手に決められることなのか?
かつて、朝比奈さんと一緒にハカセくんを事故に遭う直前に片腕一本で助けたときに感じた、そこはかとない違和感。助けた瞬間は無自覚だったが、あとで思えば、あの行為ひとつで俺は未来の可能性のひとつを摘み取ったんじゃないかと薄ら寒い感覚を覚えた。
今もそれと同じだ。ここで俺が下した決断は、確実に未来を左右する。確かに今はハルヒも佐々木も何とかして助けたいと思うが、それは間違った選択なのかもしれない。今のこのときが歴史の分岐点であり、ハルヒか佐々木か、どちらかを選ばなければならない決断のときかもしれない。
だとしたら、ふたりを助けることは間違いなのかもしれない。
「迷うことはない」
朝倉の確認に答えられず、言葉をつまらせている俺に届く声。長門の声だった。
「あなたは、あなたが思う決断を下せばいい」
「そうは言うが、」
「かつて、わたしはわたし自身に自分が思う行動を取れと言った。朝倉涼子も、彼女が思う道を選んだ。あなたも、そうであって欲しいと願う」
「長門……」
「あなたの決断が仮に間違いであったとしても、恐れる必要はない。あなたが選んだ未来を、わたしも共に進む。そこにどのような困難が待ちかまえていようとも、わたしがあなたを守る」
揺るぎない長門の眼差しを受けて、俺は頭を振る。
そうか、そうだった。
俺は自分がすべきことを知りたくはない。知りたいとも思わない。そのときに自分が思うことを信じてやって行くことを選んでいる。未来を左右する出来事に直面しているかもしれないと、怯える必要はなかった。
「やろう、朝倉。おまえの手段の方が、まだマシな気がする」
「のるかそるかの博打かもしれないよ? それでもいいの?」
俺が決めていたことは、ハルヒも佐々木も助けることだ。藤原のやり方では、片方が助かる可能性は高くとも、もう片方が必ず犠牲になる。それなら朝倉の方法の方が、両方とも助からない可能性もあるが、逆に両方とも助けられる可能性が残る。
そんなリスクを背負い込む話だが、それでも俺にはリスクを分かち合える仲間がいる。
「そ。わかった」
朝倉は、何か含むところでもありそうな笑みを浮かべている。何だよ。
「ううん、別に。それじゃ、始めましょう」
朝倉立案によるハルヒと佐々木の救出プランが、今こうして実行に移された。
つづく
涼宮ハルヒの信愛:四章-d
「ずっと疑問に思ってたの」
そう言いながら病室に足を踏み入れる朝倉の姿を、ここにいる誰もが驚愕に満ちた面持ちで見ていた。
言葉を遮られた藤原はもちろん、朝比奈さんや橘はぽかんと口を開けて、古泉もトレードマークと化している笑顔を引っ込めてわずかに目を見開いているようだ。九曜も、そして長門でさえも表情にこそ変化はないが、思わぬ乱入者に心なしか動揺しているように見えなくもない。
かくいう俺は……何故だろう、朝倉が現れることがさも当然とばかりに、その事実を受け入れている。
「疑問って何が?」
他の連中が多かれ少なかれ呆けている中、あまり動揺も戸惑いもなく口を開けるのは俺だけらしい。
「どうして彼女はわたしにTPDDを預けたままなんだろうって」
その『彼女』とやらは、朝比奈さん(大)のことか。
「彼女がうっかり忘れてるだけかもって思ったけど、それでもおかしいのよね。TPDDそのものを貸し与えてくれなくても、わたしに時間遡航をさせたければ彼女が誘導すればいいだけの話じゃない? なのにそうせずに貸し与えて、回収すらしないんだもの。わたしが悪用しないと思って……なんて考えてるわけじゃなさそうだしね。そうしたらやっぱり思うところがあったみたい。ねぇ、朝比奈さん」
「え? あ、は、はいっ」
朝倉が呼んだのは、今ここにいる幼い容姿の愛しい上級生である朝比奈さんだった。
「わたし宛に何か預かってないかな? あなたの上の立場にいる人から」
「あ、そう。そうなんです。ずっと朝倉さんのこと捜してたんですけど……あの、このデータって何なんですか? 圧縮されてる上にパスワードがかかっていて、中身がまったく解らないんですけど……」
そんなことを言いながらおずおずと握手を求めるように手を差し出す朝比奈さんだが、その手には何もない。にもかかわらず朝倉は朝比奈さんの手を握る。それでデータとやらのやりとりが出来るらしい。
もしかして、未来人は頭の中に今の時代で言うコンピュータらしき電子頭脳が組み込まれてるんじゃないだろうな? 作り話で済んでいるサイバーパンクの世界が実現して、しかもそれが当たり前の技術になってるんだとしたら、人間の進歩というか進化というか、そういうものに感心しつつも薄ら寒いものを感じずにはいられない。
「これ、TPDDを改良するためののバッチファイル……みたいなものかな。閉鎖空間内でも使えるようにするための。さて」
朝倉は、それで準備は整ったとばかりにここにいる一同を改めて見渡した。
「状況は解ってる。あなたたちがやろうとしていたことも把握している。それを何故、わたしが知っているのかと言えば……」
朝倉は、ちらりと朝比奈さんを盗み見るように視線を流してから、言葉を続けた。つまり、そういうことか。
「そのことにさほどの意味はないから、多くを語る必要はなさそうね。そんな時間もないし。重要なのは、わたしがここにいることでもう一つの可能性ができたということ。わたしの話を聞きたい?」
「まずは聞かせてもらおう」
朝倉の挑むような言葉を真っ先に受けて立ったのは、藤原だった。
「あんたもTPDDを持ってるようだが、それでもできることは僕と大差ないんじゃないのか? いったい何をするだ」
どこかしら挑むような藤原の言葉も、確かに頷けるところはある。朝倉だろうが藤原だろうが、TPDDを使う手段を講じるのであれば、そこに大きな違いはないように思える。
「情報の処理速度が違うの。いいわ、じゃあ説明するね。わたしがやろうとしてるのは、涼宮さんと佐々木さん、ふたりの共振している閉鎖空間を引きはがすこと」
「はっ、それは無理だ」
鼻先で笑い飛ばしながら、藤原は朝倉の案を一笑に付した。
「あの空間は今、一枚の紙の裏と表みたいなものだと言ったばかりだ。あんただってそれは解ってるだろう」
「一枚の紙ね。うん、確かにその通りね。ところであなた、未来の人でしょ? 未来にはないのかしら?」
「……何のことだ?」
「間剥ぎって知ってる? 一枚の紙を二枚に剥ぐ技術ね。古本とか掛け軸とかで虫食い等で損傷した紙を薄く剥いで、その間に厚紙とか挟んで補強するの。それと同じようなことをするってこと」
「できるのか、あんたにそれが」
「人間には無理。でもわたしなら、ふたつの空間情報の隙間を解析できる。情報の処理速度はこっちが上だもの。でも、さすがに一人じゃそれは無理だから……そこは、長門さんにも協力してもらいたいな」
「…………」
朝倉に名を呼ばれた長門は、けれど何も応えずに相も変わらずの眼差しを向けるだけだった。俺には、その表情から何を思っているのか読み取れないが、近しい存在とも言える朝倉には、何か思うところがあったらしい。困ったような笑みを浮かべている。
「わたしにとってはそうじゃないけど……お久しぶり、かな」
「…………」
「元気そうで何よりね。ちゃんとご飯は食べてる? コンビニのお弁当やレトルトばかりじゃダメよ」
「…………わかってる」
「そう。それならいいけど。……協力、してくれるよね?」
「わかった」
その短い会話が何を意味しているのか、俺には解らない。他の連中にも解らないだろうし、同じ属性を持つ喜緑さんが聞いていたとしても、おそらく解らなかったんじゃないかと思う。朝倉と長門だからこそ、その会話には言葉以上の何かが含まれていたように思えてならない。
「仮に」
これまでの朝倉の話を頭の中で整理し、その有効性を考えでもしていたのか、古泉が口を挟んで来た。
「ふたつの閉鎖空間を引き離せたとしても、剥ぐのは紙ではありません。涼宮さんと佐々木さんが作り出している閉鎖空間です。すぐにまた、融合してしまうのでは?」
「だから、引き離したふたつの空間の狭間に、わたしが持っているTPDDを使って壁を作るの。共鳴しているのなら、そうなっても非接触破壊が起こらないように緩衝材を滑り込ませればいいのと同じ理屈」
「そんなことができるんですか?」
「時間移動をするには、ふたつの要素が必要なのは解るでしょう? 時間の流れに干渉することと、空間に干渉することね。そのふたつがあって、例えばこの場所から過去の学校の部室へ時間遡航もできるの。わたしが持ってるTPDDは、さっき朝比奈さんからもらったバッチファイルで空間の壁を壊す性能に特化した改良を行ってある。つまり……」
朝倉はしばし言葉をつまらせて視線を宙に漂わせ、それから話を続けた。
「イメージしやすい理屈で言えば、わたしと長門さんで融合しているふたつの閉鎖空間の狭間を見つけ、その間にわたしが持っているTPDDで断層を作るってこと。タマゴサンドでも作る感じかな。二枚のパンが涼宮さんと佐々木さんの閉鎖空間。間に挟まっているタマゴがTPDD」
イメージしやすいと言えばその通りだが、今起こっている厄介な現象も朝倉にかかれば食い物の話か。一気に話の深刻さが下がったような気がする。
「そうか、だからあんたがTPDDを持ってるわけだな」
「そういうこと」
どうやら朝倉が提案している話を飲み込めたらしい藤原の言葉に、朝倉は頷く。
「この方法は人の情報処理能力じゃできないことだし、何よりTPDDから時間移動の機能を削いで空間干渉に特化させているんだもの。あなたや朝比奈さんにはできない方法ね」
だから、朝比奈さん(大)は朝倉にTPDDを渡していたのか。今のこのときのために。
「確かにそれなら、あんたにしかできない方法だ。やるというのであれば、やればいい。僕も損な役回りから解放される」
どうやら藤原は、朝倉の救出案を受け入れるらしい。自分がするはずだったことを放棄するつもりか、腕を組んで一歩後ろに下がった。
つまりこれが、ハルヒも佐々木も犠牲にしない現状で行える最善の方法……なのか?
「その方法で──」
ここで、今までずっと黙っていた橘が口を開いた。
「涼宮さんも佐々木さんも確実に助けられます?」
これまでの話は、こいつの専門外の話だから口出しする余地はなかっただろう。今も俺と同じように口出しできる話じゃない。それでも気になるところがあるのか、そんなことを言い出した。
確かにどんな方法であれ、重要なのはそこだ。最終的にふたりが助かるのであれば、朝倉のやり方だろうが藤原のやり方だろうがどっちでもいい。ただ、可能性としては藤原論より朝倉論の方が望む結果を得やすいだけって話だ。
そのところはどうなんだ?
「リスクはある」
朝倉は、あっさりと橘の危惧を肯定した。
「やることは、結局今起きている症状を元の形に正すだけ。根本的な原因でもある『何故ふたつの閉鎖空間が共鳴しているのか』っていうことを解決していない。もしかすると、共鳴しなければならないことがあるのかもしれない。それを無理に引き離すのは、もっと困ったことになるかもしれない。それによって涼宮さんにも佐々木さんにも何かしらの悪影響が出てしまうかもしれない。すべては仮定の話。何事も起こらないことだってある。ただ、何か事を起こすのにノーリスクで済ませられるわけがないもの。だから──」
朝倉は、俺を見る。
「わたしのやり方と藤原くんのやり方。どっちを選ぶ?」
最終的な決断は、結局のところ俺に巡ってくるらしい。どうして俺が……なんて、ことを言い出すつもりはない。長門や朝比奈さんや古泉、そして朝倉にだってそれぞれの役割がある。こいつらは全員、その役割を受け入れて進んでいる。
そして俺の役割は、こうやって決断を下すことらしい。時間移動ができるわけでもなく、超能力があるわけでもなく、宇宙的な超パワーがあるわけでもない俺のすべきことは、最終的な決断を下す役割らしい。
だから、俺が決めろと朝倉は言うんだろう。藤原だって、さっきも似たようなことを俺に言っていた。
けれど、だからって今回の決断は……俺一人で勝手に決められることなのか?
かつて、朝比奈さんと一緒にハカセくんを事故に遭う直前に片腕一本で助けたときに感じた、そこはかとない違和感。助けた瞬間は無自覚だったが、あとで思えば、あの行為ひとつで俺は未来の可能性のひとつを摘み取ったんじゃないかと薄ら寒い感覚を覚えた。
今もそれと同じだ。ここで俺が下した決断は、確実に未来を左右する。確かに今はハルヒも佐々木も何とかして助けたいと思うが、それは間違った選択なのかもしれない。今のこのときが歴史の分岐点であり、ハルヒか佐々木か、どちらかを選ばなければならない決断のときかもしれない。
だとしたら、ふたりを助けることは間違いなのかもしれない。
「迷うことはない」
朝倉の確認に答えられず、言葉をつまらせている俺に届く声。長門の声だった。
「あなたは、あなたが思う決断を下せばいい」
「そうは言うが、」
「かつて、わたしはわたし自身に自分が思う行動を取れと言った。朝倉涼子も、彼女が思う道を選んだ。あなたも、そうであって欲しいと願う」
「長門……」
「あなたの決断が仮に間違いであったとしても、恐れる必要はない。あなたが選んだ未来を、わたしも共に進む。そこにどのような困難が待ちかまえていようとも、わたしがあなたを守る」
揺るぎない長門の眼差しを受けて、俺は頭を振る。
そうか、そうだった。
俺は自分がすべきことを知りたくはない。知りたいとも思わない。そのときに自分が思うことを信じてやって行くことを選んでいる。未来を左右する出来事に直面しているかもしれないと、怯える必要はなかった。
「やろう、朝倉。おまえの手段の方が、まだマシな気がする」
「のるかそるかの博打かもしれないよ? それでもいいの?」
俺が決めていたことは、ハルヒも佐々木も助けることだ。藤原のやり方では、片方が助かる可能性は高くとも、もう片方が必ず犠牲になる。それなら朝倉の方法の方が、両方とも助からない可能性もあるが、逆に両方とも助けられる可能性が残る。
そんなリスクを背負い込む話だが、それでも俺にはリスクを分かち合える仲間がいる。
「そ。わかった」
朝倉は、何か含むところでもありそうな笑みを浮かべている。何だよ。
「ううん、別に。それじゃ、始めましょう」
朝倉立案によるハルヒと佐々木の救出プランが、今こうして実行に移された。
つづく
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★無題
NAME: W_M_Y
>朝倉涼子も、彼女が思う道を選んだ。
色々な出来事を乗り越えてきた長門がこう言い、その言葉を聞いた朝倉さんがいずれ「放課後、教室で」凶行に出る。全てを覚悟した上で。
二人の絆について考えさせてくれる、魅力的なせりふでした。
色々な出来事を乗り越えてきた長門がこう言い、その言葉を聞いた朝倉さんがいずれ「放課後、教室で」凶行に出る。全てを覚悟した上で。
二人の絆について考えさせてくれる、魅力的なせりふでした。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
長門さんと朝倉さんの関係は、何かと難しいところですね。今回の長門さんの台詞は、特に気を遣ったところでもあります。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
今回のキョンくんは、「誰でもできるけどなかなかできないこと」ができる子になっておりますw
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