category: 日記
DATE : 2007/12/05 (Wed)
DATE : 2007/12/05 (Wed)
なにやら自分の周りでは、多方面でトラブル続出中であります。年末の忙しい時期に、それこそ何やってんだかなぁって気分。
そんな気分から目を背けるというか、現実逃避というか、トラブルの合間にというか、とにもかくにも本日は「信愛」の続きをUPしておきます。
ではまた明日!
そんな気分から目を背けるというか、現実逃避というか、トラブルの合間にというか、とにもかくにも本日は「信愛」の続きをUPしておきます。
ではまた明日!
前回はこちら
涼宮ハルヒの信愛:五章-d
そうか。やっぱりそうなのか。
佐々木はどういうわけか……誰もいない、何も起こらないこの世界を気に入っている。だからここから抜け出せない。そういうことで間違いなさそうだ。
前もそうだった。ハルヒと二人で閉鎖空間に閉じこめられたときも、あいつはあの世界が気に入っていた。得体の知れない巨人が暴れ回る姿は、それこそハルヒが望むような不思議満載な世界だったからだろう。
そこを俺が説き伏せて、適度なショック療法で世界改変の危機は免れたわけだが……佐々木の場合はこの世界の何が気に入っているのかまったく解らない。
ここには何もないじゃないか。人も動物も《神人》すらいない。どちらかと言うと、現実世界より何も起こらない世界だぞ? 誰もいない、何もない世界の、どこがいいって言うんだ?
「何もない、というのは少し違うね。ここには普通に緑もあるし、現代人らしい生活を送るのに必要なアイテムもすべて揃っている。違うかい? しいて言えば……そうだね、生き物がいないだけさ」
「それを俺は『何もない』と言うんだと思ってるがな。生活に必要なもんが揃っていても、誰もいない場所に居続けてどうするんだ?」
「誰もいない……わけじゃない」
わけじゃない……って、もしかして本当に他に誰かいるとでも言うのか?
「そりゃ……この世界を隅から隅まで歩き回ったわけじゃないから、本当にいないかどうかなんて解らないさ。でも、鳥の鳴き声すら聞こえない場所なんだぜ? 仮に誰かいるのだとしても、探し出す方が無理ってもんだ」
「そうじゃない。探そうとしなくてもいいんだよ。解らないかな?」
やけに自身たっぷりにそう言う佐々木の態度が気に掛かる。俺にはわからなくても、佐々木には他に誰かがいるって感じるものがある、とでも言い出すんじゃないだろうな?
「違うさ。僕が言ってるのはキョン、キミのことだよ」
俺、だって?
「そうだよ、キミがいるじゃないか。この世界には僕が居て、キミが居る。一人きりというわけではないのさ」
何て言う理屈だ。そんなもん、屁理屈もいいところだ。いや、屁理屈にすりゃなってない。悪さした子供が咄嗟の閃きで口走る言い訳と同レベルだ。
「だったら言い直すさ。ここには俺とおまえしかいない。他には誰もいないんだ。そこのどこが気に入ってるんだ?」
「それはもちろん、ここが僕の内面世界だからだよ。いわば僕の願望を表している世界なのだろう? そこを気に入らないと言うのは、逆におかしな話じゃないか」
確かにそれはその通りかもしれないが……それなら佐々木は、この誰もいな無人の世界を望んでいるってのか? 他に誰もいない、何もない世界で変化すら起こりそうもないことを願っているとでも?
「望んでいる……どうだろう、僕はそれを望み、願っているのかな。いや、何かしらの変化が起こることを拒んでいるわけではない。僕はただ……」
言葉尻を風に流し、佐々木は何かため込んでいるものでも吐き出すかのように吐息を漏らした。
「キョン、確かにキミの言うとおりだ。ここに居ても仕方がない。どうすればいいのか僕にも解らないが、どうにかして戻る手段を探し出そう。話を聞けば、涼宮さんも僕と同じようなことになっているんだろう? 涼宮さんも助け出すために、いつまでもこんなところでのんびりしてはいられない」
「ハルヒのことは、どうでもいい」
ここは佐々木の閉鎖空間だ。この世界は佐々木が望む世界の姿と言い換えてもいい。そこから抜け出すには、おそらく佐々木自身がこの世界そのものを否定する必要があるんだろう。ハルヒのときも、結局あいつは《神人》が暴れ回っていた世界よりも、SOS団の面子がいる普通の世界を望んだからこそ戻れたんだ。だから、この閉鎖空間から元の世界に戻るには、佐々木がそう望む必要があるんだと思う。でなけりゃ、俺があれこれ何かしたところで、抜け出す手段なんて見つかるはずもない。
だが、違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。ここからの脱出云々が、俺がここにいる目的じゃない。
「俺はおまえを助けるために、ここへ来たんだ。俺に何ができるか解らないが、それでもできることがあるらしい。だからここに来た」
「助ける? 僕を? 僕は何も助けを求めてはいないよ。今ここにいる僕はね。現実世界に肉体が残っているのなら、それが眠り続けている姿は確かに……キミのことだ、助けたいと思うのかもしれない。でもここにいる僕は、何も求めてはいない」
言葉に一切のよどみなく言い放つ佐々木の言葉だけを聞いていれば、確かにその通りなのかもしれない。それこそ、俺が余計なお世話ってのをしてるだけのようにも思えてくる。
だが、本当か? 本当にそうなのか? その言葉は信じられるものなのか?
「違うな、佐々木。やっぱり違う。おまえは助けを求めてるじゃないか」
「だから僕は、」
「ならどうして、俺の手を掴んだんだ」
佐々木を助けるため、黒い塊が吹き出す部屋の中は一切の光が届かない闇の中だった。そこを彷徨う俺は、どこへ向かっていいのかさえ解らずにいた。あのままなら、佐々木に会うこともなく、今もまだ彷徨い続けていたに違いない。
けれど今こうして佐々木と会えているのは、佐々木の方から俺を見つけて、腕を掴んで引いてくれたからだ。この何もない、誰もいない世界が佐々木の望む世界と言うのであれば、ならどうしてそこに俺を連れ込むようなことをしたんだ。
それこそが、佐々木からの合図だったんじゃないのか?
「違うか、佐々木」
「…………」
答えない佐々木は、代わりに漏らす溜息で俺の言葉を肯定した。
「キミは、本当に……どうしてそうなのかな。普段は何も気付かず何も解らず何も見ていないようなのに、人が本当に迷って苦しんで悩んでいると、敏感にそれを見て手を差し伸べてくる。驚きを通り越して呆れてしまうよ」
褒められているのか貶されているのかよく解らないことを言って、佐々木は眼下に広がる山の裾野に目を向けた。
「でもキョン、これだけは間違いなく本音なんだが、僕は本当にこの世界のことを気に入ってるわけじゃないんだ。ただ、こういう世界なら出来るのかなと、そんなことを薄ぼんやりと考えているだけなんだ。そんな些細な思いだけで、本当にこの世界は構築されているんだろうか。それほどまでに強く深い願いではないのだけれどね」
「何が言いたいんだ?」
「誰もいない世界なら、僕は僕のままでいられるんじゃないかと、そんなことを考えた」
佐々木は佐々木のまま……って、何を言ってるんだ? この閉鎖空間だろうとなかろうと、佐々木は佐々木じゃないか。
「僕は僕……か。どうかな。本当にそうなんだろうか? いったい誰が僕を僕として見ていてくれているのかな。橘さんや九曜さん、藤原さんは僕を見てくれているんだろうか。彼女たちが見ているのは僕ではなくて、僕が持っているという、涼宮さんの力に類するものじゃないのかな? 橘さんはよく言うね。『涼宮さんの代わりに──』と。つまり僕は涼宮さんの代わりなのかな?」
「それは違うだろ」
橘が言うその言葉は、なんというか口癖みたいなもんだろう。佐々木をハルヒの代わりにしたいのではなくて、佐々木としてハルヒが持ってる力を持つべきだと言いたいのであって……橘を擁護するつもりは微塵もないが、あいつは何も佐々木をハルヒの代わりとして見ているわけじゃない。
「おまえは知らないかもしれないが、橘は本当におまえのことを心配していたんだ。俺がおまえのためにこっちに来るときに、あいつはいつになく真剣な面持ちでおまえのことを頼むと言ってきてたんだ。九曜だってそうだ。藤原は……よく解らんが、あいつもそうだろうさ。あいつらはおまえをハルヒの代わりにしてるんじゃなくて、おまえだから心配してるんだ」
「そうだね。確かにキョン、キミの言うとおりだ。彼女たちは、たぶん僕のことを心配してくれていると思う。キミが彼女たちを好ましく思ってないのは知ってるが、でも彼女たちは本当にいい娘たちなんだよ。僕のことを心配しているというキミの言葉も、素直に信じられる。ただ……僕はそれでも誰かの代わりになりたくない。彼女たちは結局、僕ではなく僕が持つと言う力に目を向けてしまう。僕は僕でいたいし、誰かや他の何かと比べられたくない」
「それは……矛盾してる」
「そう。それは解っている。矛盾している考えなのさ。人が作り出すコミュニティの中にいる以上、他の何かや誰かと比べられるのは仕方のないことかもしれない。ただそれでも……それでも僕は、」
「違う。そういうことじゃない」
他人の目がどうのこうの、そんなことを言われても俺にはよく解らない。小難しい話をされても、それが正しいのか間違ってるのか判断できないし、だから佐々木の考え方を肯定することも否定することもできない。
それでも、ひとつだけ解ることがある。
「おまえが自分を『自分』として見てもらいたいなら、どうしておまえ自身が自分を偽っているんだ?」
「僕、が? 自分を偽る……?」
「それだよ。どうして『僕』なんだ? おまえが俺と話をするときは、いつも男みたいな口調だよな。でも同性と話をするときはそうじゃない。そうやって自分を偽ってるじゃないか。国木田や、ハルヒさえも言ってたぞ。おまえの態度は作ってるみたいだってさ。自分をちゃんと見てもらいたいなら、どうして偽る? 本当の自分をどうして隠すんだ。橘たちが自分を見ていないとおまえは言ったな? だが、本当に自分を見てないのは……自分自身だろ」
すべて俺の憶測さ。ただ、佐々木が言っていたことは、佐々木の態度と矛盾していると思ったまでだ。
「ああ……そうか」
佐々木は両手で自分の顔を覆って、俯いた。漏れる声が、泣いているように震えている。
「そうなんだ、キョン。僕は……『わたし』は……自分自身が嫌い。誰かになりたいわけでもない、自分自身とも向き合えない。自分の気持ちに気付くのが怖いから、他人に自分を偽り自分自身さえもごまかしている。そうやって自分さえも解らなくしていたのに……そうまでしたのに……でもあなたには気付かれてしまった」
そう口にする佐々木は、いつも俺と話しているような男口調でも、同性と話しているときのような作っている女らしい言葉でもなく……何故だろう、初めて佐々木自身の言葉を聞いているような気分を、俺は感じている。
「今なら解る。どうしてふたつの閉鎖空間が融合しかけたのか。それを望んだのは、わたし。わたしは自分であり続けたいと思っていても、あなたが側にいる涼宮さんになりたいとも思っている。こんな事態を引き起こしたのは、涼宮さんを羨むわたしの気持ち。それを、でも涼宮さんは、わたしを……わたしはわたしなのだと……守ってくれた」
「ハルヒが?」
そうなのか? 俺は今回の出来事もハルヒがしでかしてることだと思っていたが、そうじゃないのか? 今の佐々木の言葉は……何故だろう、信じられるが、でも『ハルヒが守ってくれた』って、どういうことだ?
「教えて、キョン」
けれど佐々木は、答えず逆に俺へ問いかけてきた。
「どうして先にわたしのところへ来てくれたの? 今を逃せば次がないかもしれないのに、それでもどうしてわたしを選んだの?」
「別に深い理由なんてない。ただ、今日はハルヒたちと海に行く約束をしていたろ? 俺が『行く』と言って、ハルヒは──しっかり明言したわけじゃないが──『待ってる』と言ったんだ。あいつがそう言った以上、俺が行くまであいつは待っていてくれる」
「それ……だけ? そんな理由で、涼宮さんよりわたしのところへ……?」
「それで充分なんだよ。例え何があっても、どこであろうともハルヒは待ってくれている。あいつがそう言った以上、俺は信じるしかない。だから、あいつは後回しにしても大丈夫だと思っただけだ」
「そう……そうなの」
深い深いため息一つ。呆れたというよりも、諦めたというニュアンスが、どこかしら感じられる。
「もし……もしも、あなたと出会ってからずっと同じ道を歩み続けていたら、わたしが涼宮さんの代わりにあなたの信愛を受けていたのかしら」
「別に俺はハルヒのことを信用してるわけでもないし、大切に思ってるわけでもないが……仮におまえと中学から今までずっと一緒にいたとしても、ハルヒの代わりになんて成り得ない」
「……そう」
「佐々木は佐々木であって、ハルヒじゃない。ハルヒもおまえじゃない。なんで違う相手に同じことができるんだ? 俺にそんな器用な真似はできない。それに四六時中一緒にいたってな、俺がおまえに対する態度は今とそんなに変わらないさ。俺たちは……親友なんだろ?」
「親友……親友か。そう言ったのは、そうね。わたし、か。ありがとう、キョン」
何に対する感謝なのか俺が理解するよりも前に、佐々木は音もなく静かに俺に寄り添い、顔を隠すように両手を背中に回して俺を抱きしめてきた。
「あなたがわたしを見ていてくれると解ったから……わたしが嫌う自分さえも、あなたは見ていてくれるから……わたしはもう大丈夫。だからキョン」
俺の胸元に顔をうずめていた佐々木は、目元を若干腫らしながらも佐々木は口元に笑みを浮かべていた。
「キミは涼宮さんのところへ行きたまえ。僕はもう、この世界にとどまろうとは思わない」
「行け、って言われてもどうやって……?」
「こうやって」
佐々木は俺を離したかと思うと、今まで顔をうずめていた胸元をトンッと押してきた。まったく力も入れず、ただ触れただけとも思える感触だったのに──俺は丘の上からバランスを崩して、頭から真っ逆さまに転げ落ちる感覚を味わった。
つづく
涼宮ハルヒの信愛:五章-d
そうか。やっぱりそうなのか。
佐々木はどういうわけか……誰もいない、何も起こらないこの世界を気に入っている。だからここから抜け出せない。そういうことで間違いなさそうだ。
前もそうだった。ハルヒと二人で閉鎖空間に閉じこめられたときも、あいつはあの世界が気に入っていた。得体の知れない巨人が暴れ回る姿は、それこそハルヒが望むような不思議満載な世界だったからだろう。
そこを俺が説き伏せて、適度なショック療法で世界改変の危機は免れたわけだが……佐々木の場合はこの世界の何が気に入っているのかまったく解らない。
ここには何もないじゃないか。人も動物も《神人》すらいない。どちらかと言うと、現実世界より何も起こらない世界だぞ? 誰もいない、何もない世界の、どこがいいって言うんだ?
「何もない、というのは少し違うね。ここには普通に緑もあるし、現代人らしい生活を送るのに必要なアイテムもすべて揃っている。違うかい? しいて言えば……そうだね、生き物がいないだけさ」
「それを俺は『何もない』と言うんだと思ってるがな。生活に必要なもんが揃っていても、誰もいない場所に居続けてどうするんだ?」
「誰もいない……わけじゃない」
わけじゃない……って、もしかして本当に他に誰かいるとでも言うのか?
「そりゃ……この世界を隅から隅まで歩き回ったわけじゃないから、本当にいないかどうかなんて解らないさ。でも、鳥の鳴き声すら聞こえない場所なんだぜ? 仮に誰かいるのだとしても、探し出す方が無理ってもんだ」
「そうじゃない。探そうとしなくてもいいんだよ。解らないかな?」
やけに自身たっぷりにそう言う佐々木の態度が気に掛かる。俺にはわからなくても、佐々木には他に誰かがいるって感じるものがある、とでも言い出すんじゃないだろうな?
「違うさ。僕が言ってるのはキョン、キミのことだよ」
俺、だって?
「そうだよ、キミがいるじゃないか。この世界には僕が居て、キミが居る。一人きりというわけではないのさ」
何て言う理屈だ。そんなもん、屁理屈もいいところだ。いや、屁理屈にすりゃなってない。悪さした子供が咄嗟の閃きで口走る言い訳と同レベルだ。
「だったら言い直すさ。ここには俺とおまえしかいない。他には誰もいないんだ。そこのどこが気に入ってるんだ?」
「それはもちろん、ここが僕の内面世界だからだよ。いわば僕の願望を表している世界なのだろう? そこを気に入らないと言うのは、逆におかしな話じゃないか」
確かにそれはその通りかもしれないが……それなら佐々木は、この誰もいな無人の世界を望んでいるってのか? 他に誰もいない、何もない世界で変化すら起こりそうもないことを願っているとでも?
「望んでいる……どうだろう、僕はそれを望み、願っているのかな。いや、何かしらの変化が起こることを拒んでいるわけではない。僕はただ……」
言葉尻を風に流し、佐々木は何かため込んでいるものでも吐き出すかのように吐息を漏らした。
「キョン、確かにキミの言うとおりだ。ここに居ても仕方がない。どうすればいいのか僕にも解らないが、どうにかして戻る手段を探し出そう。話を聞けば、涼宮さんも僕と同じようなことになっているんだろう? 涼宮さんも助け出すために、いつまでもこんなところでのんびりしてはいられない」
「ハルヒのことは、どうでもいい」
ここは佐々木の閉鎖空間だ。この世界は佐々木が望む世界の姿と言い換えてもいい。そこから抜け出すには、おそらく佐々木自身がこの世界そのものを否定する必要があるんだろう。ハルヒのときも、結局あいつは《神人》が暴れ回っていた世界よりも、SOS団の面子がいる普通の世界を望んだからこそ戻れたんだ。だから、この閉鎖空間から元の世界に戻るには、佐々木がそう望む必要があるんだと思う。でなけりゃ、俺があれこれ何かしたところで、抜け出す手段なんて見つかるはずもない。
だが、違う。俺が言いたいのはそういうことじゃない。ここからの脱出云々が、俺がここにいる目的じゃない。
「俺はおまえを助けるために、ここへ来たんだ。俺に何ができるか解らないが、それでもできることがあるらしい。だからここに来た」
「助ける? 僕を? 僕は何も助けを求めてはいないよ。今ここにいる僕はね。現実世界に肉体が残っているのなら、それが眠り続けている姿は確かに……キミのことだ、助けたいと思うのかもしれない。でもここにいる僕は、何も求めてはいない」
言葉に一切のよどみなく言い放つ佐々木の言葉だけを聞いていれば、確かにその通りなのかもしれない。それこそ、俺が余計なお世話ってのをしてるだけのようにも思えてくる。
だが、本当か? 本当にそうなのか? その言葉は信じられるものなのか?
「違うな、佐々木。やっぱり違う。おまえは助けを求めてるじゃないか」
「だから僕は、」
「ならどうして、俺の手を掴んだんだ」
佐々木を助けるため、黒い塊が吹き出す部屋の中は一切の光が届かない闇の中だった。そこを彷徨う俺は、どこへ向かっていいのかさえ解らずにいた。あのままなら、佐々木に会うこともなく、今もまだ彷徨い続けていたに違いない。
けれど今こうして佐々木と会えているのは、佐々木の方から俺を見つけて、腕を掴んで引いてくれたからだ。この何もない、誰もいない世界が佐々木の望む世界と言うのであれば、ならどうしてそこに俺を連れ込むようなことをしたんだ。
それこそが、佐々木からの合図だったんじゃないのか?
「違うか、佐々木」
「…………」
答えない佐々木は、代わりに漏らす溜息で俺の言葉を肯定した。
「キミは、本当に……どうしてそうなのかな。普段は何も気付かず何も解らず何も見ていないようなのに、人が本当に迷って苦しんで悩んでいると、敏感にそれを見て手を差し伸べてくる。驚きを通り越して呆れてしまうよ」
褒められているのか貶されているのかよく解らないことを言って、佐々木は眼下に広がる山の裾野に目を向けた。
「でもキョン、これだけは間違いなく本音なんだが、僕は本当にこの世界のことを気に入ってるわけじゃないんだ。ただ、こういう世界なら出来るのかなと、そんなことを薄ぼんやりと考えているだけなんだ。そんな些細な思いだけで、本当にこの世界は構築されているんだろうか。それほどまでに強く深い願いではないのだけれどね」
「何が言いたいんだ?」
「誰もいない世界なら、僕は僕のままでいられるんじゃないかと、そんなことを考えた」
佐々木は佐々木のまま……って、何を言ってるんだ? この閉鎖空間だろうとなかろうと、佐々木は佐々木じゃないか。
「僕は僕……か。どうかな。本当にそうなんだろうか? いったい誰が僕を僕として見ていてくれているのかな。橘さんや九曜さん、藤原さんは僕を見てくれているんだろうか。彼女たちが見ているのは僕ではなくて、僕が持っているという、涼宮さんの力に類するものじゃないのかな? 橘さんはよく言うね。『涼宮さんの代わりに──』と。つまり僕は涼宮さんの代わりなのかな?」
「それは違うだろ」
橘が言うその言葉は、なんというか口癖みたいなもんだろう。佐々木をハルヒの代わりにしたいのではなくて、佐々木としてハルヒが持ってる力を持つべきだと言いたいのであって……橘を擁護するつもりは微塵もないが、あいつは何も佐々木をハルヒの代わりとして見ているわけじゃない。
「おまえは知らないかもしれないが、橘は本当におまえのことを心配していたんだ。俺がおまえのためにこっちに来るときに、あいつはいつになく真剣な面持ちでおまえのことを頼むと言ってきてたんだ。九曜だってそうだ。藤原は……よく解らんが、あいつもそうだろうさ。あいつらはおまえをハルヒの代わりにしてるんじゃなくて、おまえだから心配してるんだ」
「そうだね。確かにキョン、キミの言うとおりだ。彼女たちは、たぶん僕のことを心配してくれていると思う。キミが彼女たちを好ましく思ってないのは知ってるが、でも彼女たちは本当にいい娘たちなんだよ。僕のことを心配しているというキミの言葉も、素直に信じられる。ただ……僕はそれでも誰かの代わりになりたくない。彼女たちは結局、僕ではなく僕が持つと言う力に目を向けてしまう。僕は僕でいたいし、誰かや他の何かと比べられたくない」
「それは……矛盾してる」
「そう。それは解っている。矛盾している考えなのさ。人が作り出すコミュニティの中にいる以上、他の何かや誰かと比べられるのは仕方のないことかもしれない。ただそれでも……それでも僕は、」
「違う。そういうことじゃない」
他人の目がどうのこうの、そんなことを言われても俺にはよく解らない。小難しい話をされても、それが正しいのか間違ってるのか判断できないし、だから佐々木の考え方を肯定することも否定することもできない。
それでも、ひとつだけ解ることがある。
「おまえが自分を『自分』として見てもらいたいなら、どうしておまえ自身が自分を偽っているんだ?」
「僕、が? 自分を偽る……?」
「それだよ。どうして『僕』なんだ? おまえが俺と話をするときは、いつも男みたいな口調だよな。でも同性と話をするときはそうじゃない。そうやって自分を偽ってるじゃないか。国木田や、ハルヒさえも言ってたぞ。おまえの態度は作ってるみたいだってさ。自分をちゃんと見てもらいたいなら、どうして偽る? 本当の自分をどうして隠すんだ。橘たちが自分を見ていないとおまえは言ったな? だが、本当に自分を見てないのは……自分自身だろ」
すべて俺の憶測さ。ただ、佐々木が言っていたことは、佐々木の態度と矛盾していると思ったまでだ。
「ああ……そうか」
佐々木は両手で自分の顔を覆って、俯いた。漏れる声が、泣いているように震えている。
「そうなんだ、キョン。僕は……『わたし』は……自分自身が嫌い。誰かになりたいわけでもない、自分自身とも向き合えない。自分の気持ちに気付くのが怖いから、他人に自分を偽り自分自身さえもごまかしている。そうやって自分さえも解らなくしていたのに……そうまでしたのに……でもあなたには気付かれてしまった」
そう口にする佐々木は、いつも俺と話しているような男口調でも、同性と話しているときのような作っている女らしい言葉でもなく……何故だろう、初めて佐々木自身の言葉を聞いているような気分を、俺は感じている。
「今なら解る。どうしてふたつの閉鎖空間が融合しかけたのか。それを望んだのは、わたし。わたしは自分であり続けたいと思っていても、あなたが側にいる涼宮さんになりたいとも思っている。こんな事態を引き起こしたのは、涼宮さんを羨むわたしの気持ち。それを、でも涼宮さんは、わたしを……わたしはわたしなのだと……守ってくれた」
「ハルヒが?」
そうなのか? 俺は今回の出来事もハルヒがしでかしてることだと思っていたが、そうじゃないのか? 今の佐々木の言葉は……何故だろう、信じられるが、でも『ハルヒが守ってくれた』って、どういうことだ?
「教えて、キョン」
けれど佐々木は、答えず逆に俺へ問いかけてきた。
「どうして先にわたしのところへ来てくれたの? 今を逃せば次がないかもしれないのに、それでもどうしてわたしを選んだの?」
「別に深い理由なんてない。ただ、今日はハルヒたちと海に行く約束をしていたろ? 俺が『行く』と言って、ハルヒは──しっかり明言したわけじゃないが──『待ってる』と言ったんだ。あいつがそう言った以上、俺が行くまであいつは待っていてくれる」
「それ……だけ? そんな理由で、涼宮さんよりわたしのところへ……?」
「それで充分なんだよ。例え何があっても、どこであろうともハルヒは待ってくれている。あいつがそう言った以上、俺は信じるしかない。だから、あいつは後回しにしても大丈夫だと思っただけだ」
「そう……そうなの」
深い深いため息一つ。呆れたというよりも、諦めたというニュアンスが、どこかしら感じられる。
「もし……もしも、あなたと出会ってからずっと同じ道を歩み続けていたら、わたしが涼宮さんの代わりにあなたの信愛を受けていたのかしら」
「別に俺はハルヒのことを信用してるわけでもないし、大切に思ってるわけでもないが……仮におまえと中学から今までずっと一緒にいたとしても、ハルヒの代わりになんて成り得ない」
「……そう」
「佐々木は佐々木であって、ハルヒじゃない。ハルヒもおまえじゃない。なんで違う相手に同じことができるんだ? 俺にそんな器用な真似はできない。それに四六時中一緒にいたってな、俺がおまえに対する態度は今とそんなに変わらないさ。俺たちは……親友なんだろ?」
「親友……親友か。そう言ったのは、そうね。わたし、か。ありがとう、キョン」
何に対する感謝なのか俺が理解するよりも前に、佐々木は音もなく静かに俺に寄り添い、顔を隠すように両手を背中に回して俺を抱きしめてきた。
「あなたがわたしを見ていてくれると解ったから……わたしが嫌う自分さえも、あなたは見ていてくれるから……わたしはもう大丈夫。だからキョン」
俺の胸元に顔をうずめていた佐々木は、目元を若干腫らしながらも佐々木は口元に笑みを浮かべていた。
「キミは涼宮さんのところへ行きたまえ。僕はもう、この世界にとどまろうとは思わない」
「行け、って言われてもどうやって……?」
「こうやって」
佐々木は俺を離したかと思うと、今まで顔をうずめていた胸元をトンッと押してきた。まったく力も入れず、ただ触れただけとも思える感触だったのに──俺は丘の上からバランスを崩して、頭から真っ逆さまに転げ落ちる感覚を味わった。
つづく
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[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
そこまで信じるからこそ、キョンくんに他の人たちも信頼を寄せているのかもしれませんねぇ。
★無題
NAME: W_M_Y
ふたりのこそばゆいやりとりを、陰から長門&朝倉さんが見つめてる。
などという戯れ言はさておき。
いつにもまして読み応えがありました。気の利いた一言を、などと思っていたのですが、何を書いても野暮になりそうで、しばらく躊躇っていました。
こんなキョンだから、何度フラグをへし折られようとも、みんながキョンの周りにやって来るのだな、と私も思いました。特に、藤原のことも少しは認めているキョンに、男を感じました。
などという戯れ言はさておき。
いつにもまして読み応えがありました。気の利いた一言を、などと思っていたのですが、何を書いても野暮になりそうで、しばらく躊躇っていました。
こんなキョンだから、何度フラグをへし折られようとも、みんながキョンの周りにやって来るのだな、と私も思いました。特に、藤原のことも少しは認めているキョンに、男を感じました。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
キョンくん自身には何かしら特別な力はありませんが、むしろ誰もが持ってる気持ちを出せるからこその主人公。そんな感じのエピソードですねぇ、今回は。
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