category: 日記
DATE : 2007/12/08 (Sat)
DATE : 2007/12/08 (Sat)
どうしようかなぁ……と思いましたが、ひとまず本日SS更新です。
今回のUPで「信愛」の五章はおしまい。残るは終章だけとなります。つまり今回のところまでで、このお話のメインとなる部分は完結ってわけなのです。
本当ならまとめとしてUPたほうがいいのかなぁとも思いましたが、ちょっと次UPできるのはいつになるか解らないナァって感じなのですよ。
なるべく早い段階でUPしますが、そのときは「信愛」のまとめとしてHTMLでUPするでしょう。
ではまた!
今回のUPで「信愛」の五章はおしまい。残るは終章だけとなります。つまり今回のところまでで、このお話のメインとなる部分は完結ってわけなのです。
本当ならまとめとしてUPたほうがいいのかなぁとも思いましたが、ちょっと次UPできるのはいつになるか解らないナァって感じなのですよ。
なるべく早い段階でUPしますが、そのときは「信愛」のまとめとしてHTMLでUPするでしょう。
ではまた!
前回はこちら
涼宮ハルヒの信愛:五章-e
どっぱーん! と、効果音を付けるなら、こんな書き文字が妥当かもしれない。そんな勢いで丘の上から佐々木に突き落とされた俺は、体を包む妙な圧力と息苦しさにちょっとしたパニックに陥っていた。
真っ先に思ったのは「ここはどこだ?」ということであり、口を開けた瞬間にごぼごぼと泡が吹き出す様から、どうやら水の中にいるに違いない。あの丘の下に潜れるような湖か泉かしらんがそういうものがあったのかとも思ったが、開けた口の中に流れ込む水は、どこか辛い。これは塩水……海水か?
いや、そんなことを考えている暇はない。早く海面に出ないと窒息してしまう。
「がぼがごぼぼぼがっ!」
今、まさに命の危険を感じている。この危機感は、朝倉に脇腹を刺された時と同じ気分であり、もがけばもがくほど泥沼に陥っているような気がする。もしやこれは、三途の川とか呼ばれるものではないだろうな? 六文銭の用意をしてない俺は、だからこうやって忘却の川で溺れてるんじゃないだろうな?
そんなくだらないことを考えられるのは、余裕の現れってわけでもない。そんなことでも考えて落ち着こうとしていたのかもしれない。
ただ、実際に俺を冷静にさせたのは、そんな脳内をかけずり回る余計な考えではなく、じたばたと振り回す腕が硬いものにぶつかって鋭い痛みに貫かれたからだろうか。
それが防波堤のテトラポットだと気付いたのは、闇雲につかまってそれで何とか海面に顔を出すことができてからだった。
「どこだ……ここ」
新鮮な空気を肺の中に流し込み、一息ついてからようやく周囲を見渡す余裕が出てきた。
先ほどまで佐々木と一緒にいた山間部とはまるで違う。視界を遮るような霧もなく、代わりにまぶしいくらいの夕焼けが地平線の彼方に沈みかけようとしている。
場所は、やはり海で間違いない。出店やそんなものはどこにもないシンプルな海岸。周囲を見渡しても、人の姿はどこにもない。
「あんた、何やってんの?」
誰もいないと思っていたが、それは横方向に見ただけでそう思い込んだだけの話で、実際には一人だけそこにいた。テトラポットの上、防波堤から俺に手を差し伸べている。
「は、ハルヒ……」
「ん?」
そこにいるのはハルヒだった。俺が知っている、毎日学校で背後の席に陣取っている、見慣れた姿のハルヒで間違いない。
差し出される手を掴んで、俺はようやく海中から地上に這い出ることができた。いくら暑い時期だからと、服を着たまま海面へダイブするのはやめた方がいい。そのことを、身を以て体験した今はより力説できそうな気がする。
「あんた、自殺でもするつもり? それとも暑さで頭をヤラれちゃったわけ? どっちにしろ、目の前で溺れてる姿を見せつけられるのはいい迷惑ね」
会っていきなり辛辣な台詞を口にされた俺は、果たしてどんな表情を見せつけてやるべきかね。怒鳴り散らす気力もない。
「それよりさ、あんた、なんであたしの名前知ってんの?」
「え……?」
「あんたとどこかで会ったことあったっけ? それともストーカー? もしくは、あたしのSOS団に入団したい熱烈なファンってわけ? おあいにく様。どんな理由でも、今はあんたの相手してる場合じゃないの。服着たまま海に飛び込んでないで、さっさと家に帰りなさい」
「ちょっ、ちょっと待てハルヒ。俺が解らないのか!?」
「だから、あんたなんて知らないって言ってんでしょっ!」
肩を掴む俺の手を邪険に振り払いながら、ハルヒは険のある声を飛ばしてきた。ここで蹴りが飛んで来たり投げ飛ばしたりしないところを見るに、ここ最近の丸くなったハルヒであるように思えるが……それならどうして俺のことが解らないんだ!?
「あたしはここで人と待ち合わせしてんだから、あんたの相手なんかしてらんないの。邪魔だからとっとと消えなさい」
「待ち合わせ……?」
周囲を見渡すが、人がいる気配はどこにもない。人どころか、ウミネコも魚すらいるかどうかも疑わしい。どうも俺が知っているハルヒの閉鎖空間と勝手が違うので確証は得られないが、ここが閉鎖空間のそれと同じような場所であることは、さすがにそろそろ雰囲気でわかる。なんというか、満ちている空気で察することもできるさ。
そんな場所で、ハルヒは誰を待っているんだ?
「それは、キョンを待ってるのか?」
今のこいつは俺の姿を見ても解らない。だから、俺はそう聞いてみるしかない。けれどハルヒの返事は俺の予想を覆すものだった。
「何それ? 人の名前?」
俺じゃない、らしい。いや、それならこっちの名前だろうか。
「それなら、待ってる相手はジョン・スミスか?」
「外国人に知り合いはいないわ」
それでもないのか。キョンでもジョン・スミスでもない。それならハルヒは、こんな人気のない場所で誰を待っているんだ?
「SOS団の誰かが来るのか」
「あんた、みんなのこと知ってるの? ふーん。ま、どっちでもいいわ。そんなこと、あんたには関係ないでしょ」
関係なくはない。俺がこんなところにいるのはハルヒに会うためなんだ。佐々木に丘の上から突き落とされ、気がつけば服を着たまま海の中に落っこちたのも、今のこのときのためなんだ。知らないだの帰れだの言われたところで、素直に従うわけにはいかない。
「誰を待ってるのか知らないが、いつまでここにいるつもりだ? だいたい、おまえだったら素直に待ち続けるんじゃなくて、そっちから迎えに行くだろ。こんなところでジッとしているなんてらしくないぞ」
「なんであんたに、あたしらしさを語られなくちゃなんないわけ? 何も解ってないのに勝手なこと言わないでちょうだい」
沸点の低いハルヒは、そろそろ俺のことがうざったく感じ初めているようだ。ぎろりと人を睨んでくるが、かといってそんなことで腰を引かせている場合じゃない。こいつの凶悪な眼差しはほぼ毎日一身に浴びている。今さら睨みを利かされたところで、効果があると思うなよ。
「変なヤツ」
睨み合いで初めてハルヒの方から引いたような気がする。俺から顔を背け、西の彼方へ沈み行く夕日に目を向けて、ぽつりとこぼした。
「約束したの。あいつは来るって言ってたし、あたしも待ってるって──言ってない気もするけど──言っちゃったもの。自分の言葉を曲げるなんて真似、したくないわ」
「それは……」
俺との約束だ。やっぱりハルヒは俺を待っている。なのに、俺が俺だと解らないのはどうしてだ? それとも……その気持ちだけを覚えていて、実際には誰を待っているのか解らなくなってるんじゃないのか?
だとしたら、ここでいつまでも待ち続けていたって、来るヤツは誰もいない。
「本当に来るのか、おまえが待ってるヤツってのは」
「来るわ」
やけに自信たっぷりだ。根拠のない自信はハルヒの専売特許みたいなもんだが、今回ばかりはどうかと思う。
「でも、もうすぐ日も暮れるぞ。相手だって、来られない事情があるのかもしれない。例えば……どうしてもはずせない用事ができたとか、もしかすると事故に遭ったとか、おまえも解らない理由があるのかもしれない。それでも待つのか」
「そうよ」
「何故?」
「それでもあいつは来るから」
理由になってない。こいつが信じ込めば……まぁ、それはある程度叶うことは、これまでの出来事で実証済みだ。事実、今もこうして俺は来ている。
けれど、俺が来たことにハルヒが気付かないんじゃ、いつまで経っても会えるわけがない。いつまでもハルヒは待ち続けることになる。
「いったいどのくらい待ってるんだ?」
「さあ? 時間なんて気にしてないから、知らないわよ」
「退屈だろ?」
「そうでもないわ。あんたみたいな変なヤツもいるし、さっきまで迷子の女の子の相手もしてたしね」
「迷子の女の子?」
人が……いたのか?
「あんたみたいな妙な子だったわ。ずっと泣いててさ、何がそんなに悲しいのか知らないけど、泣き続けてたって仕方ないじゃない? だから言ってやったの。『そんなに泣いてたら幸せになれないわよ』って。そうしたらその子、『お姉ちゃんになれば幸せになれるの?』なんて聞いてきてさ」
それを聞いて……何故だろう、俺の脳裏には佐々木の姿が浮かんだ。
「なんて答えたんだ?」
「そんなわけないでしょ、って言ってやったわ。あったりまえじゃない。その子があたしになったからって、それがその子の幸せになるわけない。だいたいね、幸せなんて人から与えられるもんじゃないの。よくあるでしょ? 定番のプロポーズの台詞で『キミを幸せにする』云々って。バッカじゃないの!? って思うわ」
「そうか?」
「そうよ。どうしてあんたにあたしの幸せが解るのよ、って思わない? 幸せなんて人それぞれじゃない。他所から見れば不幸に見えることも、本人が幸せと思っているなら、それがその人にとっての幸せなの。幸せの価値観なんて人それぞれなんだから、与えられた幸せなんて本当の幸せじゃないわ。自分の手でつかみ取ってこその幸せでしょ」
いかにもハルヒらしいヒネクレ理論だ。将来、何かしらの手違いでこいつにプロポーズしようなどという奇特な人間が現れたら、そいつに今の言葉をこっそりアドバイスしてやろうか。
「だからあたしは、こうやって待ってるの」
「はぁ?」
意味が解らん。待つことが、ハルヒにとっての幸せだとでも言いたいのか。
「ンなわけないでしょ、このアンポンタン。あたしの幸せは、あいつが側にいてくれること……かな」
「幸せは人から与えられるものじゃないんじゃなかったのか?」
「そうよ。だからあいつが幸せなのかどうかなんて知らないわ。あたしが勝手にそう思ってるだけ」
「……どうしてそいつなんだ? 他にも、もっといるじゃないか」
「まぁね。待ち合わせしてもいっつも遅刻するわ、愚痴ばっか多くて素直さもないわ、他の女の子見て鼻の下を伸ばしてるわ……よくよく考えたら、ロクなもんじゃないわね。でも、こんなあたしでも見ていてくれて、差し出した手を掴んでくれて、支えてくれているのもあいつだけ」
「そうなのか」
「本人にその自覚はなさそうだけどね。鈍感なヤツだから仕方ないわ。今のあたしがいるのも、あたしの周りに大勢の人がいてくれるのも、すべての始まりはあいつがいてくれたから。だから、あいつを信じていられるの」
「おまえに見切りを付けることがあるかもしれないぞ。付き合いきれないと、いなくなる日が来るかもしれない」
「かもね。でも、それでもあいつは『やれやれ』とか言って、手を差し伸べてくれる。そうでしょう?」
何だろうな。何なんだろうな、ホントにさ。根拠のない話でも、そこまで自信たっぷりに言われれば否定の言葉も拒否の台詞も出てこない。
「悪かったよ」
ハルヒが俺のことをそんな風に信じているとは思わなかった。言葉ではなく、態度でそれとなく思うところは……俺にもあったことは認めよう。だからハルヒよりも佐々木の救出を優先させたんだ。
けれど、それでも来るのは遅くなってしまった。ハルヒが待っていてくれるからと、その信頼に甘えていたのかもしれない。
だから、謝るのは当然だ。
「あんたの遅刻癖はいつものことだからね、いちいち気にしてたらやってらんないわ。でも、あたしは待つ女じゃないの。今回だけの特別サービスなんだから」
「ひとつだけ言い訳をさせてくれるなら、おまえのペースが早すぎるのも問題なんだ。着いていくだけでも一苦労なんだぜ」
「だったら、あたしの手を離さないことね」
そう言って、ハルヒは俺の手を痛いくらいに強く握りしめて来た。相変わらずの馬鹿力だ。でも、今は手に感じる痛みより、その温もりが心地いい。
「俺でいいのか。おまえが待っていた相手は」
ハルヒは言った。待っているのは、キョンでもジョン・スミスでもない、と。それでも待っていてくれたのは、俺なのか? 俺でいいんだろうか。
「言ったでしょ。それを決めるのはあたし。あたしはただ、待っていただけ。あんたがあたしの待ち人だって言うのならそうだろうし、あたしは待っていたのがあんただって決めたから、それはあんたでいいのよ」
「よく解らないな」
「納得の話よ。さっきの幸せの話と同じこと。あたしはあんたがいてくれて、自分が幸せだと感じているの。そのあんたが幸せなのか不幸なのかは問題じゃない。あたしは他人の幸せに干渉しようと思うほど傲慢じゃないし、あたし自身の幸せを押しつけようと思うほどお節介じゃないわ。だから、あんたがあたしの待ち人だったかどうかは問題じゃなくて、あたしがあんたを待っていたと思っている気持ちが大切なの」
俺の不安を他所に、ハルヒはそう言ってくれる。
「だからもう、ここで待つ必要はないでしょ。あたしは、あたし自身が納得できる幸せを、この手で掴んでいるんだから」
「俺の幸せはどうすりゃいいんだ」
「それはあんた次第ね。あんたがあたしを見て、一緒にいて、それで幸せだと自分自身が納得しなさい。あたしは、見てくれているあんたが幸せだと感じるような人生を突き進んでやるわ」
「……そうかい。それじゃ、当分は目が離せないな」
「でしょう?」
沈み行く太陽の輝きに負けないくらいの極上の笑顔を浮かべて。
「来てくれて、ありがとう──」
その日、そのとき、ハルヒは俺のことをキョンでもジョン・スミスでもなく──初めて本名で呼んでくれた。
つづく
涼宮ハルヒの信愛:五章-e
どっぱーん! と、効果音を付けるなら、こんな書き文字が妥当かもしれない。そんな勢いで丘の上から佐々木に突き落とされた俺は、体を包む妙な圧力と息苦しさにちょっとしたパニックに陥っていた。
真っ先に思ったのは「ここはどこだ?」ということであり、口を開けた瞬間にごぼごぼと泡が吹き出す様から、どうやら水の中にいるに違いない。あの丘の下に潜れるような湖か泉かしらんがそういうものがあったのかとも思ったが、開けた口の中に流れ込む水は、どこか辛い。これは塩水……海水か?
いや、そんなことを考えている暇はない。早く海面に出ないと窒息してしまう。
「がぼがごぼぼぼがっ!」
今、まさに命の危険を感じている。この危機感は、朝倉に脇腹を刺された時と同じ気分であり、もがけばもがくほど泥沼に陥っているような気がする。もしやこれは、三途の川とか呼ばれるものではないだろうな? 六文銭の用意をしてない俺は、だからこうやって忘却の川で溺れてるんじゃないだろうな?
そんなくだらないことを考えられるのは、余裕の現れってわけでもない。そんなことでも考えて落ち着こうとしていたのかもしれない。
ただ、実際に俺を冷静にさせたのは、そんな脳内をかけずり回る余計な考えではなく、じたばたと振り回す腕が硬いものにぶつかって鋭い痛みに貫かれたからだろうか。
それが防波堤のテトラポットだと気付いたのは、闇雲につかまってそれで何とか海面に顔を出すことができてからだった。
「どこだ……ここ」
新鮮な空気を肺の中に流し込み、一息ついてからようやく周囲を見渡す余裕が出てきた。
先ほどまで佐々木と一緒にいた山間部とはまるで違う。視界を遮るような霧もなく、代わりにまぶしいくらいの夕焼けが地平線の彼方に沈みかけようとしている。
場所は、やはり海で間違いない。出店やそんなものはどこにもないシンプルな海岸。周囲を見渡しても、人の姿はどこにもない。
「あんた、何やってんの?」
誰もいないと思っていたが、それは横方向に見ただけでそう思い込んだだけの話で、実際には一人だけそこにいた。テトラポットの上、防波堤から俺に手を差し伸べている。
「は、ハルヒ……」
「ん?」
そこにいるのはハルヒだった。俺が知っている、毎日学校で背後の席に陣取っている、見慣れた姿のハルヒで間違いない。
差し出される手を掴んで、俺はようやく海中から地上に這い出ることができた。いくら暑い時期だからと、服を着たまま海面へダイブするのはやめた方がいい。そのことを、身を以て体験した今はより力説できそうな気がする。
「あんた、自殺でもするつもり? それとも暑さで頭をヤラれちゃったわけ? どっちにしろ、目の前で溺れてる姿を見せつけられるのはいい迷惑ね」
会っていきなり辛辣な台詞を口にされた俺は、果たしてどんな表情を見せつけてやるべきかね。怒鳴り散らす気力もない。
「それよりさ、あんた、なんであたしの名前知ってんの?」
「え……?」
「あんたとどこかで会ったことあったっけ? それともストーカー? もしくは、あたしのSOS団に入団したい熱烈なファンってわけ? おあいにく様。どんな理由でも、今はあんたの相手してる場合じゃないの。服着たまま海に飛び込んでないで、さっさと家に帰りなさい」
「ちょっ、ちょっと待てハルヒ。俺が解らないのか!?」
「だから、あんたなんて知らないって言ってんでしょっ!」
肩を掴む俺の手を邪険に振り払いながら、ハルヒは険のある声を飛ばしてきた。ここで蹴りが飛んで来たり投げ飛ばしたりしないところを見るに、ここ最近の丸くなったハルヒであるように思えるが……それならどうして俺のことが解らないんだ!?
「あたしはここで人と待ち合わせしてんだから、あんたの相手なんかしてらんないの。邪魔だからとっとと消えなさい」
「待ち合わせ……?」
周囲を見渡すが、人がいる気配はどこにもない。人どころか、ウミネコも魚すらいるかどうかも疑わしい。どうも俺が知っているハルヒの閉鎖空間と勝手が違うので確証は得られないが、ここが閉鎖空間のそれと同じような場所であることは、さすがにそろそろ雰囲気でわかる。なんというか、満ちている空気で察することもできるさ。
そんな場所で、ハルヒは誰を待っているんだ?
「それは、キョンを待ってるのか?」
今のこいつは俺の姿を見ても解らない。だから、俺はそう聞いてみるしかない。けれどハルヒの返事は俺の予想を覆すものだった。
「何それ? 人の名前?」
俺じゃない、らしい。いや、それならこっちの名前だろうか。
「それなら、待ってる相手はジョン・スミスか?」
「外国人に知り合いはいないわ」
それでもないのか。キョンでもジョン・スミスでもない。それならハルヒは、こんな人気のない場所で誰を待っているんだ?
「SOS団の誰かが来るのか」
「あんた、みんなのこと知ってるの? ふーん。ま、どっちでもいいわ。そんなこと、あんたには関係ないでしょ」
関係なくはない。俺がこんなところにいるのはハルヒに会うためなんだ。佐々木に丘の上から突き落とされ、気がつけば服を着たまま海の中に落っこちたのも、今のこのときのためなんだ。知らないだの帰れだの言われたところで、素直に従うわけにはいかない。
「誰を待ってるのか知らないが、いつまでここにいるつもりだ? だいたい、おまえだったら素直に待ち続けるんじゃなくて、そっちから迎えに行くだろ。こんなところでジッとしているなんてらしくないぞ」
「なんであんたに、あたしらしさを語られなくちゃなんないわけ? 何も解ってないのに勝手なこと言わないでちょうだい」
沸点の低いハルヒは、そろそろ俺のことがうざったく感じ初めているようだ。ぎろりと人を睨んでくるが、かといってそんなことで腰を引かせている場合じゃない。こいつの凶悪な眼差しはほぼ毎日一身に浴びている。今さら睨みを利かされたところで、効果があると思うなよ。
「変なヤツ」
睨み合いで初めてハルヒの方から引いたような気がする。俺から顔を背け、西の彼方へ沈み行く夕日に目を向けて、ぽつりとこぼした。
「約束したの。あいつは来るって言ってたし、あたしも待ってるって──言ってない気もするけど──言っちゃったもの。自分の言葉を曲げるなんて真似、したくないわ」
「それは……」
俺との約束だ。やっぱりハルヒは俺を待っている。なのに、俺が俺だと解らないのはどうしてだ? それとも……その気持ちだけを覚えていて、実際には誰を待っているのか解らなくなってるんじゃないのか?
だとしたら、ここでいつまでも待ち続けていたって、来るヤツは誰もいない。
「本当に来るのか、おまえが待ってるヤツってのは」
「来るわ」
やけに自信たっぷりだ。根拠のない自信はハルヒの専売特許みたいなもんだが、今回ばかりはどうかと思う。
「でも、もうすぐ日も暮れるぞ。相手だって、来られない事情があるのかもしれない。例えば……どうしてもはずせない用事ができたとか、もしかすると事故に遭ったとか、おまえも解らない理由があるのかもしれない。それでも待つのか」
「そうよ」
「何故?」
「それでもあいつは来るから」
理由になってない。こいつが信じ込めば……まぁ、それはある程度叶うことは、これまでの出来事で実証済みだ。事実、今もこうして俺は来ている。
けれど、俺が来たことにハルヒが気付かないんじゃ、いつまで経っても会えるわけがない。いつまでもハルヒは待ち続けることになる。
「いったいどのくらい待ってるんだ?」
「さあ? 時間なんて気にしてないから、知らないわよ」
「退屈だろ?」
「そうでもないわ。あんたみたいな変なヤツもいるし、さっきまで迷子の女の子の相手もしてたしね」
「迷子の女の子?」
人が……いたのか?
「あんたみたいな妙な子だったわ。ずっと泣いててさ、何がそんなに悲しいのか知らないけど、泣き続けてたって仕方ないじゃない? だから言ってやったの。『そんなに泣いてたら幸せになれないわよ』って。そうしたらその子、『お姉ちゃんになれば幸せになれるの?』なんて聞いてきてさ」
それを聞いて……何故だろう、俺の脳裏には佐々木の姿が浮かんだ。
「なんて答えたんだ?」
「そんなわけないでしょ、って言ってやったわ。あったりまえじゃない。その子があたしになったからって、それがその子の幸せになるわけない。だいたいね、幸せなんて人から与えられるもんじゃないの。よくあるでしょ? 定番のプロポーズの台詞で『キミを幸せにする』云々って。バッカじゃないの!? って思うわ」
「そうか?」
「そうよ。どうしてあんたにあたしの幸せが解るのよ、って思わない? 幸せなんて人それぞれじゃない。他所から見れば不幸に見えることも、本人が幸せと思っているなら、それがその人にとっての幸せなの。幸せの価値観なんて人それぞれなんだから、与えられた幸せなんて本当の幸せじゃないわ。自分の手でつかみ取ってこその幸せでしょ」
いかにもハルヒらしいヒネクレ理論だ。将来、何かしらの手違いでこいつにプロポーズしようなどという奇特な人間が現れたら、そいつに今の言葉をこっそりアドバイスしてやろうか。
「だからあたしは、こうやって待ってるの」
「はぁ?」
意味が解らん。待つことが、ハルヒにとっての幸せだとでも言いたいのか。
「ンなわけないでしょ、このアンポンタン。あたしの幸せは、あいつが側にいてくれること……かな」
「幸せは人から与えられるものじゃないんじゃなかったのか?」
「そうよ。だからあいつが幸せなのかどうかなんて知らないわ。あたしが勝手にそう思ってるだけ」
「……どうしてそいつなんだ? 他にも、もっといるじゃないか」
「まぁね。待ち合わせしてもいっつも遅刻するわ、愚痴ばっか多くて素直さもないわ、他の女の子見て鼻の下を伸ばしてるわ……よくよく考えたら、ロクなもんじゃないわね。でも、こんなあたしでも見ていてくれて、差し出した手を掴んでくれて、支えてくれているのもあいつだけ」
「そうなのか」
「本人にその自覚はなさそうだけどね。鈍感なヤツだから仕方ないわ。今のあたしがいるのも、あたしの周りに大勢の人がいてくれるのも、すべての始まりはあいつがいてくれたから。だから、あいつを信じていられるの」
「おまえに見切りを付けることがあるかもしれないぞ。付き合いきれないと、いなくなる日が来るかもしれない」
「かもね。でも、それでもあいつは『やれやれ』とか言って、手を差し伸べてくれる。そうでしょう?」
何だろうな。何なんだろうな、ホントにさ。根拠のない話でも、そこまで自信たっぷりに言われれば否定の言葉も拒否の台詞も出てこない。
「悪かったよ」
ハルヒが俺のことをそんな風に信じているとは思わなかった。言葉ではなく、態度でそれとなく思うところは……俺にもあったことは認めよう。だからハルヒよりも佐々木の救出を優先させたんだ。
けれど、それでも来るのは遅くなってしまった。ハルヒが待っていてくれるからと、その信頼に甘えていたのかもしれない。
だから、謝るのは当然だ。
「あんたの遅刻癖はいつものことだからね、いちいち気にしてたらやってらんないわ。でも、あたしは待つ女じゃないの。今回だけの特別サービスなんだから」
「ひとつだけ言い訳をさせてくれるなら、おまえのペースが早すぎるのも問題なんだ。着いていくだけでも一苦労なんだぜ」
「だったら、あたしの手を離さないことね」
そう言って、ハルヒは俺の手を痛いくらいに強く握りしめて来た。相変わらずの馬鹿力だ。でも、今は手に感じる痛みより、その温もりが心地いい。
「俺でいいのか。おまえが待っていた相手は」
ハルヒは言った。待っているのは、キョンでもジョン・スミスでもない、と。それでも待っていてくれたのは、俺なのか? 俺でいいんだろうか。
「言ったでしょ。それを決めるのはあたし。あたしはただ、待っていただけ。あんたがあたしの待ち人だって言うのならそうだろうし、あたしは待っていたのがあんただって決めたから、それはあんたでいいのよ」
「よく解らないな」
「納得の話よ。さっきの幸せの話と同じこと。あたしはあんたがいてくれて、自分が幸せだと感じているの。そのあんたが幸せなのか不幸なのかは問題じゃない。あたしは他人の幸せに干渉しようと思うほど傲慢じゃないし、あたし自身の幸せを押しつけようと思うほどお節介じゃないわ。だから、あんたがあたしの待ち人だったかどうかは問題じゃなくて、あたしがあんたを待っていたと思っている気持ちが大切なの」
俺の不安を他所に、ハルヒはそう言ってくれる。
「だからもう、ここで待つ必要はないでしょ。あたしは、あたし自身が納得できる幸せを、この手で掴んでいるんだから」
「俺の幸せはどうすりゃいいんだ」
「それはあんた次第ね。あんたがあたしを見て、一緒にいて、それで幸せだと自分自身が納得しなさい。あたしは、見てくれているあんたが幸せだと感じるような人生を突き進んでやるわ」
「……そうかい。それじゃ、当分は目が離せないな」
「でしょう?」
沈み行く太陽の輝きに負けないくらいの極上の笑顔を浮かべて。
「来てくれて、ありがとう──」
その日、そのとき、ハルヒは俺のことをキョンでもジョン・スミスでもなく──初めて本名で呼んでくれた。
つづく
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★無題
NAME: HILO
このふたりのやり取りは実に、他のキャラ同士よりも「らしいなぁ」と思わされますなw
しかしハルヒも大概、珍妙なベクトルのポジティブシンキングですよね。
あと「何かの手違い」ですか、まぁガンバレどっかの少年w
しかしハルヒも大概、珍妙なベクトルのポジティブシンキングですよね。
あと「何かの手違い」ですか、まぁガンバレどっかの少年w
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
ハルヒさんとキョンくんのやりとりは、かなりラクに書ける部分だったりします。これが原作に忠実であるのかどうか書いてる本人ではちっと解らないところではありますが、自分が書くお話だと、こういうテンポが一番書きやすいですねぇ。
★無題
NAME: Miza
うにゃー!実はすっごい甘々ですね。
信じあい、そして互いが幸せと感じる相手だなんてまさにプロポーズ一歩手前。ってかそのものw
佐々木さんには残念だけど、
とても2人の間には入り込めなさそうです・・・
信じあい、そして互いが幸せと感じる相手だなんてまさにプロポーズ一歩手前。ってかそのものw
佐々木さんには残念だけど、
とても2人の間には入り込めなさそうです・・・
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
冷静に考えればけっこう自己中心的なところではあるんですが、そこのバランスを絶妙に保てるのもこの二人だけかなぁと。どちらも自分を犠牲にして~ってタイプではないと思ってますので、こういう結論になっちゃいました。
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