category: 日記
DATE : 2008/06/29 (Sun)
DATE : 2008/06/29 (Sun)
今回の喜緑江美里の策略と森園生の変心は続きものです。で、そのさらに前の三部作(SOS団篇)からも、設定に繋がりを持たせてあります。
で。
そのSOS団篇三部作と今回の長篇シリーズの間には、これがあったことを覚えている方はどのくらいいらっさるでしょうか。いらっさらないと思います。
実は複線になってましたー、というオチ。なんという意外な接点。おいちゃんビックリだ!
そんなこんなで、前回の続きになります。
ではまた。
で。
そのSOS団篇三部作と今回の長篇シリーズの間には、これがあったことを覚えている方はどのくらいいらっさるでしょうか。いらっさらないと思います。
実は複線になってましたー、というオチ。なんという意外な接点。おいちゃんビックリだ!
そんなこんなで、前回の続きになります。
ではまた。
前回はこちら
喜緑江美里の策略:10
「なっ、なんだこれは!?」
六畳程度の広さだった部屋の中が、妙な感じに歪んでいる。元の部屋の面影などどこにもなく、朝倉はもちろん、朝倉が横になっていたベッド、部屋の中にあった家具、その他一切なにもない。暗く濃い色味の、妙に圧迫感のある光が幾何学的に渦を巻き、そこはかとなく牢獄にでも閉じこめられているような圧迫感さえ感じられた。
こんなところに長時間閉じこめられていたら、それはそれで発狂しそうなところだが、幸いなのが九曜も一緒にいることだろう。こんなヤツでも、当たり散らすことで気を紛らわせられるのが幸いだ。
そもそも、こんな異常で異質な場所に人を招き寄せられるのは九曜しかいない。こいつが俺をこんなところに引っ張り込んだのか。
「おまえ、こりゃいったい何の真似だ!? とっとと俺をここから出せ!」
「──────時間────が……かかる────」
「時間? 何言ってんだ。おまえがやったんだろ!? いいからとっとと出せ!」
「────トラップ────クライン……式────三次元────空間……歪曲────封鎖──……」
おーけー、わかった。俺は何も状況の説明を求めちゃいない。求めたところで理解できそうにもない。重要なのは結果であって過程はどうでもいい。だからとっとと出せ。
「……時間────が、かかる──」
俺がそう言えば、九曜は同じような台詞を改めて口にした。
「どのくらいかかるんだ」
本音で言えば一分一秒でもこんなところにいたくはないが、時間がかかるなら仕方がない。脱出に時間が掛かるのなら、早々に始めてさっさと出してくれ。
「──プログラム────解析────通常────時間────換算、で────四日────」
「……なんだって?」
「────四日──かかる──……」
四日? 四日だと!? 人間、水だけで一ヶ月、飲まず食わずで一週間は保つらしいが、そんなことを我が身で実践したくはない。そもそも、こんな気が狂いそうな風景の中で四日も過ごしていられるか!
なんでこんなことになっちまってんだ? 今まで散々な目に遭ってきたが、まさか最後が異常空間での発狂死だなんて、まったく洒落にならんぞ。
「くそっ」
こんな気が狂いそうな場所の景色なんぞ、いつまでも網膜に焼き付けていたくはない。悪態一つ吐いて目を閉じ、もはや諦観の境地に片足どころか首まで達した俺は、ヤケクソとばかりに大の字になって寝転がろうとしたそのとき。
「っで!」
ゴンッ、とそれはそれはいい音を響かせ、目から火花が飛び散るほどの勢いで後頭部を強打した。こんなところに突起物があったのかと悶絶しながら睨み付ける勢いで目を向ければ……そこに見えるのはベッドの足。
「え?」
そのベッドは、朝倉が横になっていたベッドだ。ベッドがあるだけじゃない。部屋の中は陰鬱な幾何学模様が渦巻く空間ではなくなっており、元に戻っていた。唯一の違いは、窓辺から朱色の光が差し込んでいることだろうか。まるで夕暮れのようになっていた。
「その通り、今は夕方です」
聞こえてきた声に、ぎょっとしたのは言うまでもない。そのはっきりした物言いは当然ながら九曜などではなく、優美に微笑む喜緑さんだった。
「な……っ!」
「たぶん、近日中には来るだろうと思っていました。幾重にもダミーを張り巡らせた上にトラップを仕掛けておいて正解でしたね。朝倉さんを連れ出すのなら、どんな方法であろうと布団を取らなければなりません」
これでもう、何度目だろう。ここ数日は驚きっぱなしのような気がしないでもない。開いた口がふさがらず、ただ唖然と喜緑さんの顔を眺めていれば、それはそれは楽しそうに説明してくれた。
つまり……なんだ、あの気が狂いそうな異常空間に俺と九曜を閉じこめたのは喜緑さんだったと。しかもその発動キーは朝倉の布団をめくること?
「って、ちょっと! なんつーところにとんでもない爆弾仕掛けてんですか! 俺が朝倉の布団をめくってたら、どうなってたと思うんですか!」
「ですから」
詰め寄る俺に、喜緑さんは悪びれた様子も見せない。
「無抵抗な相手に破廉恥なことはしませんでしょう? と、念を押したじゃありませんか」
そりゃ確かに言われたし、元からそんな真似をするつもりなんざ微塵もありゃしなかったが、だからといって、まったく別の意図で朝倉に掛かっている布団に手を掛けることがあったかもしれないじゃないか。
「まぁまぁ、よろしいじゃありませんか。どちらにしろ、わたしが戻ってくるまでの足止めのつもりでしたし。すぐに解除するつもりでしたから」
確かに、感覚としては九曜が言うような四日間も閉じこめられていた感じじゃない。それこそ一時間もあんなところにはいなかっただろう。
なのに窓から差し込む光は夕暮れを示している。どうなってんだ?
「時間の流れがちょっと違います。今は木曜日の夕方五時ごろです」
夕方……半日以上はズレてるじゃないか。もしあそこに四日も閉じこめられていたら、現実世界じゃ何日経過していたことになるんだ? 浦島太郎になんぞなりたくもない。
「それはさておき」
俺の疑問や怒りや追求をたった一言で受け流し、喜緑さんは動かない朝倉を抱えている九曜に目を向けた。
「あなたが何故、朝倉さんのインターフェースを作り出したのか、ご説明願えますかしら」
やっぱり俺の憶測通り、九曜が朝倉の実体を作ったのか。そのことを喜緑さんはある程度わかっていたから、あんな一歩間違えれば俺が引っかかっていたようなトラップを仕掛けていたわけだ。
「お願いですからわたしの話を少しでも覚えてくださいません? ですからわたし、昨晩に言ったじゃないですか。『明日にはよりはっきり判明します』と。わたしでもなければ長門さんでもなく、朝倉さんのインターフェースを構成できる存在なんて数えるしかいません。周防九曜がそれを行ったのは明白です」
そのことを、喜緑さんはミヨキチの家で朝倉の姿を見た昨日のうちにわかっていたということか。
「わたしがわからないのは、どうして天蓋領域がわたしたち情報統合思念体のインターフェースを模して新たなインターフェースを構築したのか、ということです」
そんな喜緑さんでもわからない疑問は、つまりその一点に絞られているようだ。確かに俺にも、九曜が──あるいは親玉の天蓋領域が──朝倉の実体を作り出した理由がわからない。
「憶測ならいくらでも立てられますけれど。朝倉さんの姿を借りることで自然に涼宮さんにも接触する、あるいは涼宮さんの周囲を取り巻くあなたたちの心的動揺を誘う……その辺りが妥当でしょうか。ですが、それらはわたしや長門さんがいることで意味がありません。朝倉さんの姿を使う決定的な理由にはならないんです」
まるで推理小説の名探偵のように考えを述べる喜緑さんの持論は、微細な綻びさえない整然とした考え方だ。俺なんかは確かに朝倉が出てくれば驚きこそするが、朝倉が今現在においてどういう状況にあるのか完璧に把握している長門や喜緑さんを相手にすれば、動揺を誘うこともできないだろう。
「──────」
片時も目を離さない喜緑さんの刺すような視線から逃れるように、九曜はちらりと窓に目を向ける。
「逃げようとしても無駄です。あなたが来るであろうことは予めわかっていましたもの。幾重にも空間封鎖を施してあります。あなた一人なら逃げられるかもしれませんが、その動かない朝倉さんを連れてでは無理でしょう? いつぞやの文芸部部室で後れを取ったわたしだと思わないでくださいね」
ニッコリ微笑む喜緑さんは、けれど俺には微笑んでいるように見えなかった。よっぽど件のオーパーツ事件のときに、九曜相手に後れを取ったことを根に持ってるらしい。
そんな喜緑さんを軽くあしらうことは九曜にもできなさそうだ。力尽くでの宇宙人同士の激突は勘弁してほしい。どんなことになるか想像もできないし、したくない。
「────────料理────」
固唾を呑んで俺も九曜を見ていれば、九曜はぽつりとそう呟いた。
「────覚えた────……から、ちゃんと────食べて────もらいたかった──……」
「…………」
や、そんな目で俺を見ないでください喜緑さん。俺にだって九曜が何を言ってるのかさっぱりわかりませんて。
「わたしにだって理解不能です。つまり、自分が料理できるようになったから食べさせたかったって……どうしてそれで朝倉さんなんですか。佐々木さんや他の方にでも食べさせればいいんじゃありません? そもそも二人に接点なんてありました?」
「だから俺にだって、」
いや、待てよ。もしかしてこいつ、あのときのことを言ってるのか?
「九曜、おまえが言ってる料理とやらは、もしや夏の日のおでんのことか?」
問えば九曜は、かくんと首を縦に振った。やっぱりあの日のことを言ってるのか。
「何の話ですか?」
「喜緑さんは直接関わってなかったですが、ハルヒと佐々木の閉鎖空間が共振したときがあったじゃないですか。そのとき、過去の朝倉が朝比奈さんから譲り受けたTPDDを使って協力したときがあったでしょう?」
「もちろん覚えています。その後、朝倉さんが元時間に戻るまで、わたしのところで家政婦まがいのことをさせていましたけれど」
「それです。で、たぶんあいつが元時間に戻る当日のことだと思うんですが、俺、佐々木から九曜の面倒を一日だけ見るように頼まれてたんですよ」
「それで?」
「俺は料理なんてできませんし、面倒だからコンビニの弁当で済ませようと思ったんですけどね、そこで朝倉と会いまして。面倒だから朝倉に九曜の食事を作らせたんです。まぁ、正確にはあいつが九曜におでんの作り方を教えてたみたいですが」
「……それで?」
「それだけですが」
他に何かエピソードなんてあったか? 俺は台所から追い出されて寝ちまってたから、その間に何かあったのなら、それこそ九曜にしかわからないことだ。
「わかりました。それで周防九曜と朝倉さんの接点が理解できました。それで? つまり結局は、朝倉さんに自分が作れるようになったという料理を食べさせたいと、そういう理由で朝倉さんのインターフェースを作り出したんですか? すみません、わたしにはさっぱり理解できないんですけれど……あなたならできます?」
そんなことを言われても、俺にだって理解……うーん、何故だろう、そこはかとなく九曜の気持ちがわからなくもない。
似たようなことがあったんだ、以前に。いや、さすがにインターフェースを作り出すような真似ができるわけもないが、うちの妹が学校の家庭科か何かで初めて料理を覚えたとき、嬉々として家族に振る舞おうと台所で大騒動を巻き起こしてな。
なんとなく、九曜がしたいことというのは、うちの妹に通じるような気がしないでもなく……ああ、そうか。もしかしてこいつ。
「……家族が欲しかったのか?」
「──────かぞ……く────? ──────家族────……」
どうも九曜は『家族』という概念が理解できていなさそうな態度を見せるが、言葉が持つ意味はそれとなくわかっているのかもしれない。現にこいつは、今の今まで朝倉の実体から片時も離れちゃいない。
「だからって」
喜緑さんは今にも頭を抱えそうに、嘆息とともに言葉を吐き出した。
「朝倉さんのインターフェースを作り出して何になるというんですか。中身はどうするんです? 姿を似せても、パーソナルデータがなければ、それは朝倉さんではありません。姿形を似せただけの人形が家族になるわけが、」
「──────個体識別────データ────作成────」
喜緑さんにしては珍しく、愚痴っぽいことを勢いに任せて言い放っていたのだが、その間に割ってはいるように呟く九曜の言葉で、続く台詞を飲み込んだ。
「……まさか」
改めてこぼした言葉は、愚痴ではなく九曜への問いかけ。
「擬似的に朝倉さんのパーソナルデータを作ろうとしたんですか?」
「────けれど────不可能────」
「当たり前です。パーソナルデータを作成するのなら、その個体がそれまでに費やした時間を細密にトレースしなければなりませんし、そこにはわずかな狂いも許されません。ピンセットで砂漠の砂を一粒ずつ拾うようなものです。擬似的に作り出したパーソナルデータを移設したところで……待ってください」
説明しているというよりも、どこかしら説教になりかけた喜緑さんの言葉だったが、ふと何かに思い至ったように中断された。
「もしかして、移設してしまった……?」
どこかおそるおそるという態度で喜緑さんが問えば、九曜は臆面もなく頷いた。
「なんてことを」
「どうしたんですか?」
良家のお嬢さまが貧血で倒れるような仕草を見せる喜緑さんの落胆っぷりは、仕草とは裏腹に本当に呆れているというか、疲れ果てていた。
「インターフェースとパーソナルデータは密接な関係にあります。インターフェースは鍵穴、パーソナルデータはカギだと思ってください。けれど鍵穴は作られた段階では如何様にも形を変えます。変えますが、一度『これ』というカギを使えばそのカギしか使えません。そして彼女は、そのインターフェースに擬似的なものとは言え、他のパーソナルデータを移設したと言ってるんです」
……つまり、喜緑さんは何が言いたいんだ?
「首尾良く朝倉さんのパーソナルデータを取り出すことができても、そのインターフェースに移設することは……かなり、難しい話になります」
つづく
喜緑江美里の策略:10
「なっ、なんだこれは!?」
六畳程度の広さだった部屋の中が、妙な感じに歪んでいる。元の部屋の面影などどこにもなく、朝倉はもちろん、朝倉が横になっていたベッド、部屋の中にあった家具、その他一切なにもない。暗く濃い色味の、妙に圧迫感のある光が幾何学的に渦を巻き、そこはかとなく牢獄にでも閉じこめられているような圧迫感さえ感じられた。
こんなところに長時間閉じこめられていたら、それはそれで発狂しそうなところだが、幸いなのが九曜も一緒にいることだろう。こんなヤツでも、当たり散らすことで気を紛らわせられるのが幸いだ。
そもそも、こんな異常で異質な場所に人を招き寄せられるのは九曜しかいない。こいつが俺をこんなところに引っ張り込んだのか。
「おまえ、こりゃいったい何の真似だ!? とっとと俺をここから出せ!」
「──────時間────が……かかる────」
「時間? 何言ってんだ。おまえがやったんだろ!? いいからとっとと出せ!」
「────トラップ────クライン……式────三次元────空間……歪曲────封鎖──……」
おーけー、わかった。俺は何も状況の説明を求めちゃいない。求めたところで理解できそうにもない。重要なのは結果であって過程はどうでもいい。だからとっとと出せ。
「……時間────が、かかる──」
俺がそう言えば、九曜は同じような台詞を改めて口にした。
「どのくらいかかるんだ」
本音で言えば一分一秒でもこんなところにいたくはないが、時間がかかるなら仕方がない。脱出に時間が掛かるのなら、早々に始めてさっさと出してくれ。
「──プログラム────解析────通常────時間────換算、で────四日────」
「……なんだって?」
「────四日──かかる──……」
四日? 四日だと!? 人間、水だけで一ヶ月、飲まず食わずで一週間は保つらしいが、そんなことを我が身で実践したくはない。そもそも、こんな気が狂いそうな風景の中で四日も過ごしていられるか!
なんでこんなことになっちまってんだ? 今まで散々な目に遭ってきたが、まさか最後が異常空間での発狂死だなんて、まったく洒落にならんぞ。
「くそっ」
こんな気が狂いそうな場所の景色なんぞ、いつまでも網膜に焼き付けていたくはない。悪態一つ吐いて目を閉じ、もはや諦観の境地に片足どころか首まで達した俺は、ヤケクソとばかりに大の字になって寝転がろうとしたそのとき。
「っで!」
ゴンッ、とそれはそれはいい音を響かせ、目から火花が飛び散るほどの勢いで後頭部を強打した。こんなところに突起物があったのかと悶絶しながら睨み付ける勢いで目を向ければ……そこに見えるのはベッドの足。
「え?」
そのベッドは、朝倉が横になっていたベッドだ。ベッドがあるだけじゃない。部屋の中は陰鬱な幾何学模様が渦巻く空間ではなくなっており、元に戻っていた。唯一の違いは、窓辺から朱色の光が差し込んでいることだろうか。まるで夕暮れのようになっていた。
「その通り、今は夕方です」
聞こえてきた声に、ぎょっとしたのは言うまでもない。そのはっきりした物言いは当然ながら九曜などではなく、優美に微笑む喜緑さんだった。
「な……っ!」
「たぶん、近日中には来るだろうと思っていました。幾重にもダミーを張り巡らせた上にトラップを仕掛けておいて正解でしたね。朝倉さんを連れ出すのなら、どんな方法であろうと布団を取らなければなりません」
これでもう、何度目だろう。ここ数日は驚きっぱなしのような気がしないでもない。開いた口がふさがらず、ただ唖然と喜緑さんの顔を眺めていれば、それはそれは楽しそうに説明してくれた。
つまり……なんだ、あの気が狂いそうな異常空間に俺と九曜を閉じこめたのは喜緑さんだったと。しかもその発動キーは朝倉の布団をめくること?
「って、ちょっと! なんつーところにとんでもない爆弾仕掛けてんですか! 俺が朝倉の布団をめくってたら、どうなってたと思うんですか!」
「ですから」
詰め寄る俺に、喜緑さんは悪びれた様子も見せない。
「無抵抗な相手に破廉恥なことはしませんでしょう? と、念を押したじゃありませんか」
そりゃ確かに言われたし、元からそんな真似をするつもりなんざ微塵もありゃしなかったが、だからといって、まったく別の意図で朝倉に掛かっている布団に手を掛けることがあったかもしれないじゃないか。
「まぁまぁ、よろしいじゃありませんか。どちらにしろ、わたしが戻ってくるまでの足止めのつもりでしたし。すぐに解除するつもりでしたから」
確かに、感覚としては九曜が言うような四日間も閉じこめられていた感じじゃない。それこそ一時間もあんなところにはいなかっただろう。
なのに窓から差し込む光は夕暮れを示している。どうなってんだ?
「時間の流れがちょっと違います。今は木曜日の夕方五時ごろです」
夕方……半日以上はズレてるじゃないか。もしあそこに四日も閉じこめられていたら、現実世界じゃ何日経過していたことになるんだ? 浦島太郎になんぞなりたくもない。
「それはさておき」
俺の疑問や怒りや追求をたった一言で受け流し、喜緑さんは動かない朝倉を抱えている九曜に目を向けた。
「あなたが何故、朝倉さんのインターフェースを作り出したのか、ご説明願えますかしら」
やっぱり俺の憶測通り、九曜が朝倉の実体を作ったのか。そのことを喜緑さんはある程度わかっていたから、あんな一歩間違えれば俺が引っかかっていたようなトラップを仕掛けていたわけだ。
「お願いですからわたしの話を少しでも覚えてくださいません? ですからわたし、昨晩に言ったじゃないですか。『明日にはよりはっきり判明します』と。わたしでもなければ長門さんでもなく、朝倉さんのインターフェースを構成できる存在なんて数えるしかいません。周防九曜がそれを行ったのは明白です」
そのことを、喜緑さんはミヨキチの家で朝倉の姿を見た昨日のうちにわかっていたということか。
「わたしがわからないのは、どうして天蓋領域がわたしたち情報統合思念体のインターフェースを模して新たなインターフェースを構築したのか、ということです」
そんな喜緑さんでもわからない疑問は、つまりその一点に絞られているようだ。確かに俺にも、九曜が──あるいは親玉の天蓋領域が──朝倉の実体を作り出した理由がわからない。
「憶測ならいくらでも立てられますけれど。朝倉さんの姿を借りることで自然に涼宮さんにも接触する、あるいは涼宮さんの周囲を取り巻くあなたたちの心的動揺を誘う……その辺りが妥当でしょうか。ですが、それらはわたしや長門さんがいることで意味がありません。朝倉さんの姿を使う決定的な理由にはならないんです」
まるで推理小説の名探偵のように考えを述べる喜緑さんの持論は、微細な綻びさえない整然とした考え方だ。俺なんかは確かに朝倉が出てくれば驚きこそするが、朝倉が今現在においてどういう状況にあるのか完璧に把握している長門や喜緑さんを相手にすれば、動揺を誘うこともできないだろう。
「──────」
片時も目を離さない喜緑さんの刺すような視線から逃れるように、九曜はちらりと窓に目を向ける。
「逃げようとしても無駄です。あなたが来るであろうことは予めわかっていましたもの。幾重にも空間封鎖を施してあります。あなた一人なら逃げられるかもしれませんが、その動かない朝倉さんを連れてでは無理でしょう? いつぞやの文芸部部室で後れを取ったわたしだと思わないでくださいね」
ニッコリ微笑む喜緑さんは、けれど俺には微笑んでいるように見えなかった。よっぽど件のオーパーツ事件のときに、九曜相手に後れを取ったことを根に持ってるらしい。
そんな喜緑さんを軽くあしらうことは九曜にもできなさそうだ。力尽くでの宇宙人同士の激突は勘弁してほしい。どんなことになるか想像もできないし、したくない。
「────────料理────」
固唾を呑んで俺も九曜を見ていれば、九曜はぽつりとそう呟いた。
「────覚えた────……から、ちゃんと────食べて────もらいたかった──……」
「…………」
や、そんな目で俺を見ないでください喜緑さん。俺にだって九曜が何を言ってるのかさっぱりわかりませんて。
「わたしにだって理解不能です。つまり、自分が料理できるようになったから食べさせたかったって……どうしてそれで朝倉さんなんですか。佐々木さんや他の方にでも食べさせればいいんじゃありません? そもそも二人に接点なんてありました?」
「だから俺にだって、」
いや、待てよ。もしかしてこいつ、あのときのことを言ってるのか?
「九曜、おまえが言ってる料理とやらは、もしや夏の日のおでんのことか?」
問えば九曜は、かくんと首を縦に振った。やっぱりあの日のことを言ってるのか。
「何の話ですか?」
「喜緑さんは直接関わってなかったですが、ハルヒと佐々木の閉鎖空間が共振したときがあったじゃないですか。そのとき、過去の朝倉が朝比奈さんから譲り受けたTPDDを使って協力したときがあったでしょう?」
「もちろん覚えています。その後、朝倉さんが元時間に戻るまで、わたしのところで家政婦まがいのことをさせていましたけれど」
「それです。で、たぶんあいつが元時間に戻る当日のことだと思うんですが、俺、佐々木から九曜の面倒を一日だけ見るように頼まれてたんですよ」
「それで?」
「俺は料理なんてできませんし、面倒だからコンビニの弁当で済ませようと思ったんですけどね、そこで朝倉と会いまして。面倒だから朝倉に九曜の食事を作らせたんです。まぁ、正確にはあいつが九曜におでんの作り方を教えてたみたいですが」
「……それで?」
「それだけですが」
他に何かエピソードなんてあったか? 俺は台所から追い出されて寝ちまってたから、その間に何かあったのなら、それこそ九曜にしかわからないことだ。
「わかりました。それで周防九曜と朝倉さんの接点が理解できました。それで? つまり結局は、朝倉さんに自分が作れるようになったという料理を食べさせたいと、そういう理由で朝倉さんのインターフェースを作り出したんですか? すみません、わたしにはさっぱり理解できないんですけれど……あなたならできます?」
そんなことを言われても、俺にだって理解……うーん、何故だろう、そこはかとなく九曜の気持ちがわからなくもない。
似たようなことがあったんだ、以前に。いや、さすがにインターフェースを作り出すような真似ができるわけもないが、うちの妹が学校の家庭科か何かで初めて料理を覚えたとき、嬉々として家族に振る舞おうと台所で大騒動を巻き起こしてな。
なんとなく、九曜がしたいことというのは、うちの妹に通じるような気がしないでもなく……ああ、そうか。もしかしてこいつ。
「……家族が欲しかったのか?」
「──────かぞ……く────? ──────家族────……」
どうも九曜は『家族』という概念が理解できていなさそうな態度を見せるが、言葉が持つ意味はそれとなくわかっているのかもしれない。現にこいつは、今の今まで朝倉の実体から片時も離れちゃいない。
「だからって」
喜緑さんは今にも頭を抱えそうに、嘆息とともに言葉を吐き出した。
「朝倉さんのインターフェースを作り出して何になるというんですか。中身はどうするんです? 姿を似せても、パーソナルデータがなければ、それは朝倉さんではありません。姿形を似せただけの人形が家族になるわけが、」
「──────個体識別────データ────作成────」
喜緑さんにしては珍しく、愚痴っぽいことを勢いに任せて言い放っていたのだが、その間に割ってはいるように呟く九曜の言葉で、続く台詞を飲み込んだ。
「……まさか」
改めてこぼした言葉は、愚痴ではなく九曜への問いかけ。
「擬似的に朝倉さんのパーソナルデータを作ろうとしたんですか?」
「────けれど────不可能────」
「当たり前です。パーソナルデータを作成するのなら、その個体がそれまでに費やした時間を細密にトレースしなければなりませんし、そこにはわずかな狂いも許されません。ピンセットで砂漠の砂を一粒ずつ拾うようなものです。擬似的に作り出したパーソナルデータを移設したところで……待ってください」
説明しているというよりも、どこかしら説教になりかけた喜緑さんの言葉だったが、ふと何かに思い至ったように中断された。
「もしかして、移設してしまった……?」
どこかおそるおそるという態度で喜緑さんが問えば、九曜は臆面もなく頷いた。
「なんてことを」
「どうしたんですか?」
良家のお嬢さまが貧血で倒れるような仕草を見せる喜緑さんの落胆っぷりは、仕草とは裏腹に本当に呆れているというか、疲れ果てていた。
「インターフェースとパーソナルデータは密接な関係にあります。インターフェースは鍵穴、パーソナルデータはカギだと思ってください。けれど鍵穴は作られた段階では如何様にも形を変えます。変えますが、一度『これ』というカギを使えばそのカギしか使えません。そして彼女は、そのインターフェースに擬似的なものとは言え、他のパーソナルデータを移設したと言ってるんです」
……つまり、喜緑さんは何が言いたいんだ?
「首尾良く朝倉さんのパーソナルデータを取り出すことができても、そのインターフェースに移設することは……かなり、難しい話になります」
つづく
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★無題
NAME: めじくす
「復活」というより「模造」の話のようですね(今のところ)。九曜が愛しく見え、また悲しくもあります。
「朝倉涼子にはもう会えない。」そのことに心をとらわれているのがキョン、九曜、そして長門の3人だと思います。九曜に、九曜のとった行動とその結果に、長門がどう関わってくるのか気になってきました。
「朝倉涼子にはもう会えない。」そのことに心をとらわれているのがキョン、九曜、そして長門の3人だと思います。九曜に、九曜のとった行動とその結果に、長門がどう関わってくるのか気になってきました。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
九曜さんと長門さんは、良くも悪くも正反対じゃないかなーと思います。それは性格的なところだけでなく、朝倉さんに対してもそうなんじゃないでしょーか。
となると……って感じですネ。
となると……って感じですネ。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:驚愕した!
発端はもうちょっと別なところからですが、あのSSは話の大枠を考えたときに「使えるなぁ」程度に
引っ張ってきただけでしたw
引っ張ってきただけでしたw
★無題
NAME: 蔵人
うわ、読み直したら確かに!
九曜のアンバランスさが招いた事態だとすれば九曜の求めるものは長門も求めているような気がしますね、キョンの言ったとおりだとすれば。
珍しく喜緑さんが後手を踏んでるのが気になりますね、ここからどう挽回するのか。
九曜のアンバランスさが招いた事態だとすれば九曜の求めるものは長門も求めているような気がしますね、キョンの言ったとおりだとすれば。
珍しく喜緑さんが後手を踏んでるのが気になりますね、ここからどう挽回するのか。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
今回の喜緑さん立ち位置は策士でして、その目的はただ一点に絞られております。それを果たすためなら、あらゆる手段を講じるんじゃないでしょうか。
何せ喜緑さんですからw
何せ喜緑さんですからw
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
これはこれはお久しゅうございまして。ホラーな展開になるかどうかはアレですが、今後はどうなっていくんでしょう。なかなかいい感じで迷走しておりますw
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