category: 日記
DATE : 2008/08/21 (Thu)
DATE : 2008/08/21 (Thu)
有り難いことに、今回の夏コミ新刊もメロンブックスさんで取り扱っていただけることになりました。昨日のうちに発送してますので、早ければ今日の夕方ごろからネット通販が、全国のお店には明日には並ぶのではないでしょうか。
それはそうと週刊少年サンデー読みました。といっても毎週読んでるんですが。
つまりあれですね、「うしおととら」パターンとでも申しましょうか、読者の反応を見て好評なら次に前後編、それも好評なら短期集中連載、さらに好評なら週刊連載って流れが見えるんですががが。
是非とも連載を勝ち取ってもらいたいものです。草場の影からささやかながら応援したいと思います。
ではまた。
それはそうと週刊少年サンデー読みました。といっても毎週読んでるんですが。
つまりあれですね、「うしおととら」パターンとでも申しましょうか、読者の反応を見て好評なら次に前後編、それも好評なら短期集中連載、さらに好評なら週刊連載って流れが見えるんですががが。
是非とも連載を勝ち取ってもらいたいものです。草場の影からささやかながら応援したいと思います。
ではまた。
前回はこちら
喜緑江美里の策略:21
「さて、長門さん」
勢いよくスッ転びながら駆けつけた俺をちらりと一瞥し、喜緑さんは長門に話しかける。どうやら『俺』が鶴屋さんを案じてここを去り、俺が駆けつけるまでに、二人の間には何かがあったようだ。そう感じさせるには充分な空気が漂っている。
「彼が息せき切って駆けつけた状況を見て、わたしがご説明したこれまでの経緯がウソではないと、ご理解いただけましたか?」
「………………」
俺がいない間に何があったのか、それはつまり喜緑さんがこれまでの状況を長門の説明していたってことのようだ。言われた長門は天然ものの黒真珠よりも黒く濃い輝きを宿す双眸を俺に向けて、俺に無言の問いかけをしてきているようだ。
つまり「本当なの?」と。
「喜緑さんが何をどう言ったのか知らないが、朝倉を蘇らせようって持ちかけたのは俺からだ」
「……そう」
俺の言葉を受けて、長門は何を思ったんだろう。表情こそいつもと変わらぬ鉄面皮だが、漏れる言葉はどこかしら落胆と……困惑、だろうか。そんな感情が含まれているように感じ取れた。
長門が何故、そう思うのかわからない。ただ、その気持ちを慮って話を長引かせるわけにもいかない。何しろ朝倉には時間がないんだ。
「喜緑さんからどこまで聞いているのか知らないが、朝倉のパーソナルデータは三分割されてたんだろ? そのうちの二つがすでにあそこの朝倉に入っている。あとはおまえが持ってるっていうパーソナルデータだけだ。それを朝倉に返してくれ」
「それはできない」
できない? できないってどういうことだ。朝倉の最後のパーソナルデータを持っているのは、長門じゃないってことか?
「いいえ、持っているのは長門さんですよ。間違いなく」
そんな俺の懸念を喜緑さんはあっさり否定してくれたが、だからこそ俺はますます訳がわからなくなった。
つまり長門は、朝倉に自身が管理しているパーソナルデータを返せない、と言ってるのか? 何故? もしかして、今日の午後四時までに戻さなければならないというタイムリミットのことを知らないから、そんなことが言えるのか?
いや、そうじゃなくて……喜緑さんが言ってたな。長門は──。
「朝倉さんを復活させたくないんですね」
──やはり、そういうことなのか。
喜緑さんは、どうも長門と朝倉の間には何かしらの確執があると言っていた。それは当事者たちにしかわからないような、根の深いものらしい。いったい二人の間に何があったのかなんて、だから俺にもわからない。
ああ、さっぱりわからないさ。
以前なら、朝倉が独断専行で俺を殺そうとしたことが理由にもなるだろう。けれどそのことに理由があるのも、長門は理解しているはずだ。
俺に何が真実であるのか伝えるための、そして長門には誰が本当に頼るべき相手なのかをわからせるためにやらかした自作自演。だからこそ、それが理由で長門が朝倉の復活に否定的だとは思えない。
別の理由があるんだ。長門と朝倉の間に、俺が知らないところで何かがあって、それが理由なんだ。いったい何があったって言うんだ?
「わたしは」
長門は、俺を真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「あなたほど、強くない」
「つよ……く?」
あなた……って、俺のことを指してんのか? 意味がわからないぞ、長門。俺と比較してそんなこと言うなんて、どうかしてんじゃないのか!?
「なるほど、それが理由ですか……」
けれど喜緑さんには、何か察するところがあったらしい。つまらなさそうに、あるいは呆れたように嘆息して独りごちている。
「その気持ち、わかるとは申しませんが理解は示しましょう。ですが長門さん、それはあなたの弱さではなく、甘えなのだと自覚された方がよろしいですよ? そしてその甘えが、あなたの決意を鈍らせます。例えば……」
と、喜緑さんが言葉を途切らせた、次の瞬間。
発言の意味がまるでわからず、置いてけぼりを食らった気分だった俺は、次の瞬間には心臓を鷲づかみにされるような光景を目の当たりにすることとなった。
「長門!?」
かくん、と膝を折り、見えない手で後ろから押されるように、長門の華奢で小柄な体が前のめりに倒れた。
いったい何が起きたのか、目の前の光景を実際に見ていても理解できない。まるで身動きが取れず、事実、数秒か数十秒は瞬きひとつすら出来ずに固まっていただろう。
「喜緑さん、長門に何をしたんですか!」
ようやく我を取り戻し、真っ先に出た言葉がそれだった。この状況下、長門が倒れるようなことになる原因は喜緑さんしか考えられない。
「あらいやだ。わたしではございませんよ」
けれど俺の怒気混じりの声を飄々と受け流し、喜緑さんは白樺のような細い指先を真っ直ぐ天上に向かって指し示した。その指先に釣られて見上げた空から、それは俺と長門の間に割ってはいるように舞い降りる。
「く……九曜……」
長すぎる髪は左右に大きく広がり羽根のようにたなびき、どこから降ってきたのか知らないが、地球の重力をまるで無視したような身軽さで降り立った九曜は、路傍の石でも見つめるような眼差しを、地面に倒れている長門に向けていた。
「────それ────は、あなたに────不要なもの────……」
「…………」
語りかける九曜の言葉に、長門は応えない。応えられないのかもしれない。
……そうか、長門の変調は喜緑さんのせいじゃない。九曜の仕業か。
「ですね。強烈なジャミングを長門さんに仕掛けています。この規模は、よほど念入りに準備していたのでしょう。あれでは指一本、動かせそうにありません」
「だったらどうして喜緑さんは平気なんですか」
「あの小娘が仕掛けているのは、長門さんと情報統合思念体との接続を乱すジャミングです。わたしと長門さんでは接続の……そうですね、周波数、と言いましょうか、それが違いますもの。長門さんに利くものが即わたしにも通じるわけではございません」
だから倒れているのは長門だけって理屈か。
「だったら、」
「長門さんを助けろ、ですか? さて、どうしましょう。このまま見ていた方が、朝倉さんを蘇らせるのには好都合なんですけれど」
「だからって、長門をあのままの状態にしておけってんですか!?」
「さて」
人の焦りなど微塵も気にせずに、泰然たる態度で構えている喜緑さんに俺が痺れを切らすのにさほど時間はかからなかった。喜緑さんが動かないのなら、俺が動くさ。あんな状況を目の当たりにして、ただ見ているだけなんて真似ができるものか。
「お待ちください」
なのに喜緑さんは、自分が動かないだけならまだしも、俺の動きさえ手を取って引き留める。なんのつもりだ!?
「心配なさることはございませんよ」
「けど……っ!」
「いいから見ていましょう。……ね?」
言葉尻は優しく丁寧に、けれど醸し出す雰囲気にはどこか凄惨さを交える喜緑さんの態度に、俺は文字通り身動きを封じ込められた。
そんな俺の眼前では、九曜が長門に手を伸ばし、その額に触れようとしていたその手が──。
「──────」
──ふと止まる。
喜緑さん曰く、指一本たりとも動かせないと言っていた長門自身が、九曜の手を掴み止めていた。
「渡せない」
九曜を睨む……というよりは、ただ真っ直ぐに向ける眼差し。その輝きは微塵も陰りはしてないが、けれど九曜も引こうともしない。それどころか、長門のその態度にどこかしら……そう、戸惑っているようにも見えた。
「────捨てたのは────あなた────……」
その一言が、長門にとってどれほどの痛手になる一言だったのか俺にはわからない。ただ、雷に撃たれたように九曜の腕を掴んでいた指先がピクリと震え、紐が解けるように滑り落ちる。
九曜はそのまま、触れるか触れないかという力で長門の額に指を当てた。目に見えて何かがあるわけではない。時間とて、それほど長くそうしていたわけでもない。
俺の目には九曜が長門の額に触れただけという風にしか映っていないのだが、それで事は済んだとばかりに九曜は立ち上がって、ピクリとも動かない朝倉の側に歩み寄った。
「おめでとうございます」
そんな九曜に、喜緑さんがにこやかな笑顔とともにそんな言葉を投げかけた。
「これであなたが望むように、朝倉さんは復活ですね」
白々しいとも感じる喜緑さんの言葉。けれど九曜は意に介した風もない。こいつの目的も朝倉を蘇らせることであって、どうやら今はそれ以外のことはどうでもいいらしい……のだが。
「なぁ~んて、都合のいい話が本当にあると思ってらっしゃるのなら、あなたはわたしたちを甘く見過ぎです」
その一言に、九曜の足が止まる。俺も、何を言ってんだとばかりに喜緑さんを見た。その表情は、とてもとても楽しそうに微笑んでいる。
「確かに、これで三つに分割されていた朝倉さんのパーソナルデータはそろいました。でもそれは、この惑星表面上に本来生息する知的有機生命体の記憶に類するものであっても同等のものではございません。いわゆるプログラムと同じです。ではプログラムというものは、組み上げれば勝手に動き出すものでしょうか。違いますよね? 起動させるためのキーが必要……ですね」
何を……この人は何を言ってるんだ? プログラム……起動、キーだって? 朝倉を復活させるには、パーソナルデータを集めるだけじゃ足りないってのか!?
そんな話は初耳だ。初耳だからこそ、その話が本当かと首を傾げたくなる。
もしかすると、それはウソかもしれない。事実だとしても、それ以外にも必要なことがあるかもしれない。そうやって九曜を揺さぶっているんだろうか。事実、九曜が探るような眼差しで喜緑さんを睨んでいる。
「あらあら、そんな形相で睨むだなんて怖いじゃありませんか。わたし、気が弱いのですからあまりいじめないでいただきたいですね」
「────カギ────は、どこ────?」
喜緑さんの軽口に、九曜はニコリともしない。二人の間でバチバチと火花が散っているような幻覚が見えたのは、決して気のせいじゃないと思う。
そんな張りつめる空気の中、先に沈黙を破ったのは喜緑さんの方だった。
「簡単な話ですよ。朝倉さんの時間は、昨年の五月、北高の教室で彼を呼び出し殺そうとしたときに止まっているんです。元に戻すというのなら、そこから始めなければならない……と、ただそれだけの話です」
それだけ? ただ、それだけでいいのか? まさか五月まで待てとか言うわけじゃないだろうな。そうだとしたら、どちらにしろ今日の午後四時半ごろがタイムリミットの朝倉には時間がない。
それだと意味がない。九曜をいいように扱うために朝倉をほっとくというのなら話は別だが、こっちの目的も朝倉を蘇らせることだ。いかに喜緑さんと言えども、自分たちの目的を曲げてまで九曜をいいようにからかうとは思えない。
なら、今の喜緑さんの言葉は事実……か? 朝倉を蘇らせるには、三つのパーソナルデータだけでなく、場所も重要だってことか? しかしそれが事実だとするのなら、何故それを今まで隠して、しかもそれをこのタイミングで九曜に伝えるんだ。
「──────」
九曜もそう考えているのかもしれない。ひとしきり喜緑さんを睨み続けてはいたものの、疑心暗鬼になっていても仕方ないと判断したのか、倒れている朝倉を抱きかかえ、そのまま料亭の屋根を飛び越えるようにして去っていった。
向かうは北高か。
「わたしたちも追いましょう。はい、これ」
どこから取り出したのか、喜緑さんが何故か紙とペンを俺に差し出してきた。
「なんですか、これは」
「メモを残さないと。ほら、あなたがあなた自身に宛てたメモです。それがあったから、あなたは学校へ向かう途中の坂道で何者かに眠らされ、無理やり時間遡航をさせられたのでしょう?」
ああ、そうか。そうだった。ってことは、あのメモを残さなければこんなことには……いや、そうはできないのか。こんな事態になっちまってるのは俺としても不本意だが、歴史がそういう風になっているのだからそうしなければならないわけだ。
わざわざ自分で自分を困った状況へたたき落とすような真似をしなけりゃならんとはね。ああ、忌々しい。
文面なんて覚えちゃいないが、適当に書いてもそれが正解になるんだろう。読める程度の走り書きでそれらしいことを書けば、喜緑さんが俺の手からメモを奪って落ちていた小石で料亭の柱に縫いつけた。あなたは忍者か何かですか。
「では」
喜緑さんが、口の中で何かを呟く。と、修理費に幾らせしめられるか考えるのも億劫になりそうな料亭の中庭が、何事もなかったかのように元通りになった。
「行きましょう」
「え? いやでも長門をあのままにして……って、うげっ!」
ぞんざいに人の襟首を掴むや否や、喜緑さんは先に北高へ向かった九曜と同じような人間離れした跳躍を見せて移動を開始した。服の襟で首が絞まりそうになったのは、言うまでもない。
つづく
喜緑江美里の策略:21
「さて、長門さん」
勢いよくスッ転びながら駆けつけた俺をちらりと一瞥し、喜緑さんは長門に話しかける。どうやら『俺』が鶴屋さんを案じてここを去り、俺が駆けつけるまでに、二人の間には何かがあったようだ。そう感じさせるには充分な空気が漂っている。
「彼が息せき切って駆けつけた状況を見て、わたしがご説明したこれまでの経緯がウソではないと、ご理解いただけましたか?」
「………………」
俺がいない間に何があったのか、それはつまり喜緑さんがこれまでの状況を長門の説明していたってことのようだ。言われた長門は天然ものの黒真珠よりも黒く濃い輝きを宿す双眸を俺に向けて、俺に無言の問いかけをしてきているようだ。
つまり「本当なの?」と。
「喜緑さんが何をどう言ったのか知らないが、朝倉を蘇らせようって持ちかけたのは俺からだ」
「……そう」
俺の言葉を受けて、長門は何を思ったんだろう。表情こそいつもと変わらぬ鉄面皮だが、漏れる言葉はどこかしら落胆と……困惑、だろうか。そんな感情が含まれているように感じ取れた。
長門が何故、そう思うのかわからない。ただ、その気持ちを慮って話を長引かせるわけにもいかない。何しろ朝倉には時間がないんだ。
「喜緑さんからどこまで聞いているのか知らないが、朝倉のパーソナルデータは三分割されてたんだろ? そのうちの二つがすでにあそこの朝倉に入っている。あとはおまえが持ってるっていうパーソナルデータだけだ。それを朝倉に返してくれ」
「それはできない」
できない? できないってどういうことだ。朝倉の最後のパーソナルデータを持っているのは、長門じゃないってことか?
「いいえ、持っているのは長門さんですよ。間違いなく」
そんな俺の懸念を喜緑さんはあっさり否定してくれたが、だからこそ俺はますます訳がわからなくなった。
つまり長門は、朝倉に自身が管理しているパーソナルデータを返せない、と言ってるのか? 何故? もしかして、今日の午後四時までに戻さなければならないというタイムリミットのことを知らないから、そんなことが言えるのか?
いや、そうじゃなくて……喜緑さんが言ってたな。長門は──。
「朝倉さんを復活させたくないんですね」
──やはり、そういうことなのか。
喜緑さんは、どうも長門と朝倉の間には何かしらの確執があると言っていた。それは当事者たちにしかわからないような、根の深いものらしい。いったい二人の間に何があったのかなんて、だから俺にもわからない。
ああ、さっぱりわからないさ。
以前なら、朝倉が独断専行で俺を殺そうとしたことが理由にもなるだろう。けれどそのことに理由があるのも、長門は理解しているはずだ。
俺に何が真実であるのか伝えるための、そして長門には誰が本当に頼るべき相手なのかをわからせるためにやらかした自作自演。だからこそ、それが理由で長門が朝倉の復活に否定的だとは思えない。
別の理由があるんだ。長門と朝倉の間に、俺が知らないところで何かがあって、それが理由なんだ。いったい何があったって言うんだ?
「わたしは」
長門は、俺を真っ直ぐ見つめながら口を開く。
「あなたほど、強くない」
「つよ……く?」
あなた……って、俺のことを指してんのか? 意味がわからないぞ、長門。俺と比較してそんなこと言うなんて、どうかしてんじゃないのか!?
「なるほど、それが理由ですか……」
けれど喜緑さんには、何か察するところがあったらしい。つまらなさそうに、あるいは呆れたように嘆息して独りごちている。
「その気持ち、わかるとは申しませんが理解は示しましょう。ですが長門さん、それはあなたの弱さではなく、甘えなのだと自覚された方がよろしいですよ? そしてその甘えが、あなたの決意を鈍らせます。例えば……」
と、喜緑さんが言葉を途切らせた、次の瞬間。
発言の意味がまるでわからず、置いてけぼりを食らった気分だった俺は、次の瞬間には心臓を鷲づかみにされるような光景を目の当たりにすることとなった。
「長門!?」
かくん、と膝を折り、見えない手で後ろから押されるように、長門の華奢で小柄な体が前のめりに倒れた。
いったい何が起きたのか、目の前の光景を実際に見ていても理解できない。まるで身動きが取れず、事実、数秒か数十秒は瞬きひとつすら出来ずに固まっていただろう。
「喜緑さん、長門に何をしたんですか!」
ようやく我を取り戻し、真っ先に出た言葉がそれだった。この状況下、長門が倒れるようなことになる原因は喜緑さんしか考えられない。
「あらいやだ。わたしではございませんよ」
けれど俺の怒気混じりの声を飄々と受け流し、喜緑さんは白樺のような細い指先を真っ直ぐ天上に向かって指し示した。その指先に釣られて見上げた空から、それは俺と長門の間に割ってはいるように舞い降りる。
「く……九曜……」
長すぎる髪は左右に大きく広がり羽根のようにたなびき、どこから降ってきたのか知らないが、地球の重力をまるで無視したような身軽さで降り立った九曜は、路傍の石でも見つめるような眼差しを、地面に倒れている長門に向けていた。
「────それ────は、あなたに────不要なもの────……」
「…………」
語りかける九曜の言葉に、長門は応えない。応えられないのかもしれない。
……そうか、長門の変調は喜緑さんのせいじゃない。九曜の仕業か。
「ですね。強烈なジャミングを長門さんに仕掛けています。この規模は、よほど念入りに準備していたのでしょう。あれでは指一本、動かせそうにありません」
「だったらどうして喜緑さんは平気なんですか」
「あの小娘が仕掛けているのは、長門さんと情報統合思念体との接続を乱すジャミングです。わたしと長門さんでは接続の……そうですね、周波数、と言いましょうか、それが違いますもの。長門さんに利くものが即わたしにも通じるわけではございません」
だから倒れているのは長門だけって理屈か。
「だったら、」
「長門さんを助けろ、ですか? さて、どうしましょう。このまま見ていた方が、朝倉さんを蘇らせるのには好都合なんですけれど」
「だからって、長門をあのままの状態にしておけってんですか!?」
「さて」
人の焦りなど微塵も気にせずに、泰然たる態度で構えている喜緑さんに俺が痺れを切らすのにさほど時間はかからなかった。喜緑さんが動かないのなら、俺が動くさ。あんな状況を目の当たりにして、ただ見ているだけなんて真似ができるものか。
「お待ちください」
なのに喜緑さんは、自分が動かないだけならまだしも、俺の動きさえ手を取って引き留める。なんのつもりだ!?
「心配なさることはございませんよ」
「けど……っ!」
「いいから見ていましょう。……ね?」
言葉尻は優しく丁寧に、けれど醸し出す雰囲気にはどこか凄惨さを交える喜緑さんの態度に、俺は文字通り身動きを封じ込められた。
そんな俺の眼前では、九曜が長門に手を伸ばし、その額に触れようとしていたその手が──。
「──────」
──ふと止まる。
喜緑さん曰く、指一本たりとも動かせないと言っていた長門自身が、九曜の手を掴み止めていた。
「渡せない」
九曜を睨む……というよりは、ただ真っ直ぐに向ける眼差し。その輝きは微塵も陰りはしてないが、けれど九曜も引こうともしない。それどころか、長門のその態度にどこかしら……そう、戸惑っているようにも見えた。
「────捨てたのは────あなた────……」
その一言が、長門にとってどれほどの痛手になる一言だったのか俺にはわからない。ただ、雷に撃たれたように九曜の腕を掴んでいた指先がピクリと震え、紐が解けるように滑り落ちる。
九曜はそのまま、触れるか触れないかという力で長門の額に指を当てた。目に見えて何かがあるわけではない。時間とて、それほど長くそうしていたわけでもない。
俺の目には九曜が長門の額に触れただけという風にしか映っていないのだが、それで事は済んだとばかりに九曜は立ち上がって、ピクリとも動かない朝倉の側に歩み寄った。
「おめでとうございます」
そんな九曜に、喜緑さんがにこやかな笑顔とともにそんな言葉を投げかけた。
「これであなたが望むように、朝倉さんは復活ですね」
白々しいとも感じる喜緑さんの言葉。けれど九曜は意に介した風もない。こいつの目的も朝倉を蘇らせることであって、どうやら今はそれ以外のことはどうでもいいらしい……のだが。
「なぁ~んて、都合のいい話が本当にあると思ってらっしゃるのなら、あなたはわたしたちを甘く見過ぎです」
その一言に、九曜の足が止まる。俺も、何を言ってんだとばかりに喜緑さんを見た。その表情は、とてもとても楽しそうに微笑んでいる。
「確かに、これで三つに分割されていた朝倉さんのパーソナルデータはそろいました。でもそれは、この惑星表面上に本来生息する知的有機生命体の記憶に類するものであっても同等のものではございません。いわゆるプログラムと同じです。ではプログラムというものは、組み上げれば勝手に動き出すものでしょうか。違いますよね? 起動させるためのキーが必要……ですね」
何を……この人は何を言ってるんだ? プログラム……起動、キーだって? 朝倉を復活させるには、パーソナルデータを集めるだけじゃ足りないってのか!?
そんな話は初耳だ。初耳だからこそ、その話が本当かと首を傾げたくなる。
もしかすると、それはウソかもしれない。事実だとしても、それ以外にも必要なことがあるかもしれない。そうやって九曜を揺さぶっているんだろうか。事実、九曜が探るような眼差しで喜緑さんを睨んでいる。
「あらあら、そんな形相で睨むだなんて怖いじゃありませんか。わたし、気が弱いのですからあまりいじめないでいただきたいですね」
「────カギ────は、どこ────?」
喜緑さんの軽口に、九曜はニコリともしない。二人の間でバチバチと火花が散っているような幻覚が見えたのは、決して気のせいじゃないと思う。
そんな張りつめる空気の中、先に沈黙を破ったのは喜緑さんの方だった。
「簡単な話ですよ。朝倉さんの時間は、昨年の五月、北高の教室で彼を呼び出し殺そうとしたときに止まっているんです。元に戻すというのなら、そこから始めなければならない……と、ただそれだけの話です」
それだけ? ただ、それだけでいいのか? まさか五月まで待てとか言うわけじゃないだろうな。そうだとしたら、どちらにしろ今日の午後四時半ごろがタイムリミットの朝倉には時間がない。
それだと意味がない。九曜をいいように扱うために朝倉をほっとくというのなら話は別だが、こっちの目的も朝倉を蘇らせることだ。いかに喜緑さんと言えども、自分たちの目的を曲げてまで九曜をいいようにからかうとは思えない。
なら、今の喜緑さんの言葉は事実……か? 朝倉を蘇らせるには、三つのパーソナルデータだけでなく、場所も重要だってことか? しかしそれが事実だとするのなら、何故それを今まで隠して、しかもそれをこのタイミングで九曜に伝えるんだ。
「──────」
九曜もそう考えているのかもしれない。ひとしきり喜緑さんを睨み続けてはいたものの、疑心暗鬼になっていても仕方ないと判断したのか、倒れている朝倉を抱きかかえ、そのまま料亭の屋根を飛び越えるようにして去っていった。
向かうは北高か。
「わたしたちも追いましょう。はい、これ」
どこから取り出したのか、喜緑さんが何故か紙とペンを俺に差し出してきた。
「なんですか、これは」
「メモを残さないと。ほら、あなたがあなた自身に宛てたメモです。それがあったから、あなたは学校へ向かう途中の坂道で何者かに眠らされ、無理やり時間遡航をさせられたのでしょう?」
ああ、そうか。そうだった。ってことは、あのメモを残さなければこんなことには……いや、そうはできないのか。こんな事態になっちまってるのは俺としても不本意だが、歴史がそういう風になっているのだからそうしなければならないわけだ。
わざわざ自分で自分を困った状況へたたき落とすような真似をしなけりゃならんとはね。ああ、忌々しい。
文面なんて覚えちゃいないが、適当に書いてもそれが正解になるんだろう。読める程度の走り書きでそれらしいことを書けば、喜緑さんが俺の手からメモを奪って落ちていた小石で料亭の柱に縫いつけた。あなたは忍者か何かですか。
「では」
喜緑さんが、口の中で何かを呟く。と、修理費に幾らせしめられるか考えるのも億劫になりそうな料亭の中庭が、何事もなかったかのように元通りになった。
「行きましょう」
「え? いやでも長門をあのままにして……って、うげっ!」
ぞんざいに人の襟首を掴むや否や、喜緑さんは先に北高へ向かった九曜と同じような人間離れした跳躍を見せて移動を開始した。服の襟で首が絞まりそうになったのは、言うまでもない。
つづく
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●この記事にコメントする
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
黒いんじゃありません! したたかなんですw
★いよいよクライマックス
NAME: N・N
果たして朝倉の復活は間に合うのか?喜緑さんの言葉の真実とは?っといったところで。
にしても、ホントに謀り事のお好きな方デスネ♪そして、それに振り回されるばかりのキョン……お疲れ様m(__)m
にしても、ホントに謀り事のお好きな方デスネ♪そして、それに振り回されるばかりのキョン……お疲れ様m(__)m
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:いよいよクライマックス
喜緑さんは楽しいことが大好きな人だと思ってますw 楽しめることなら、なんでもしそうですね。
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
5月の教室では危機一髪でしたが、キョンくん自身は何の怪我もしてないのでセーフですw
いちおう、喜緑さんは自分の策のオチは見えてますが、話全体ではどうでしょう?
いちおう、喜緑さんは自分の策のオチは見えてますが、話全体ではどうでしょう?
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
口先だけで勝負に勝つ。それが喜緑さんクオリティなのです!
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
伊達に生徒会を裏で取り仕切ってはおりませぬw
[にのまえはじめ/にのまえあゆむ] Re:無題
朝倉さんが絡めば、長門さんは向き合わなければならないわけで。だからこその喜緑さん。
新刊、早くもありがとうございますヽ(´▽`)ノ
新刊、早くもありがとうございますヽ(´▽`)ノ
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